第32話:王都のマデリーン

 同日――クロエの妹だったマデリーンは王都に来ていた。

 あやうく生贄になるところ、危機一髪で逃れたがショックはまだえていない。


(ああ、本当にひどい目に遭った!)

(私はまだ何もしていない。死ぬわけにはいかない!)


 苛立つマデリーンに、両親は気分転換にと王都への旅行を提案したのだ。

 故郷の村とはまったく違う王都に目を見張り、マデリーンは婚約者のニールを連れて町を歩き回った。

 目にするものがすべて珍しく、マデリーンはひたすら王都を堪能した。

 だが、マデリーンはひそかに物足りなく思っていた。


(なんでこの私を誰も振り返らないのよ)


 とっておきのドレスを身につけている。

 黄金色の髪は軽く巻いており、マデリーンの動きに合わせてかろやかにはずむ。

 村では誰もが振り返る華やかな自分の姿に、王都では誰も目を向けてこない。


(どういうこと?)


 想像していたのは、王都で次々と貴族の青年たちに声をかけられる自分の姿だ。


(なんて美しい!)

(きみのような女性は初めてだよ)


 そうチヤホヤされるはずだった。


(資産家の高貴な男性の中から、花婿候補を選ぶはずだったのに……!)


 うるわしい貴族の青年を村に連れ帰ったら、両親はどんなにか驚くだろう。

 そんな想像をしていたのに――。


「マデリーン、飲み物を買ってきたよ」

「ああ、ありがと」


 いそいそとニールが差し出す果実のジュースをマデリーンは冷ややかに受け取った。


(せっかく王都にいるっていうのに、私のそばにはなぜこんな冴えない男しかいないの……)

(おかしいでしょ)


 ごくごくと喉を鳴らしてジュースを飲み干す。

 濃厚な甘みが口に広がる。

 その美味しさにマデリーンは目を見張った。


「はあ……生きていてよかった」


 もし姉が――クロエがいなかったらと思うとぞっとする。


(でも、まさかクロエが養女だったなんてね)


 そもそも、金髪と黒髪で双子などと変だとは思っていた。

 そして、外見だけではなくクロエには何となく馴染めない壁のようなものがあった。

 クロエは幼い頃からどこか大人びていた。

 マデリーンがいくらわがままをいっても、文句を言わずに譲った。

 そんな態度に余裕を感じ、尚更マデリーンを苛立たせた。


(あんな不吉な黒い髪なんかしてくるくせに! もっとつらそうな顔したらどうなのよ!)


 どうしても好きになれなかった姉はもういない。


(魔術に傾倒した辺境伯の生贄か……)


 少し可哀想だが、マデリーンは清々していた。

 どうにも存在が気にくわなかったのだ。

 クロエがそばにいると、自分がかすむ気がしてならなかった。

 そもそも、捨てられたのを引き取って育ててやったのだ。


(この年まで生きてこられたのをありがたく思うべきね!)


「マデリーン、夕飯はどうする?」

「そうね。肉が食べたいわ」


 お小遣いは潤沢じゅんたくにある。

 父のくじ運が悪いせいで、危うく死にかけたのだ。

 そう言って責め立てると、娘に弱い父はしゅんとなり、たっぷりお小遣いをはずんでくれた。


「でも、俺、王都の店なんてわかんねえよ……」


 マデリーンはグチグチ言うニールに心底うんざりした。


(女の子一人で旅なんて危ない、って言うから、ニールを連れてきたけど……)


 ニールは大柄だったが、外見に反して小心者だ。

 だからこそ、マデリーンの「生贄になりたくないから婚約者の振りをして!」という無茶な願いを押し通せたわけだが。

 金に困っていたから、簡単にお小遣いで釣れた。


(せっかくの王都だっていうのに、こんなお荷物と一緒なんて……)


 マデリーンはうんざりしながら、音をたててジュースを飲むニールを見つめた。

 だが、親の前で言い張った手前、しばらく婚約者として振る舞ってもらうしかない。

 万一、自分が辺境伯に呼ばれでもしたら大事おおごとだ。


「じゃあ、もういいわ。叔父様のところで食べさせてもらうから!」


 マデリーンはイライラしながら言い放った。

 王都には父の従兄弟が住んでいる。

 祭司としての能力を見込まれて、聖堂で働いているのだ。

 今晩も叔父の家に泊まらせてもらう予定だ。


 歩きだそうとした瞬間、すれ違った人とドンとぶつかった。

 貴族風の青年だったが、ちらっとこちらを目にしただけで謝りもせずに歩いていく。


「なあに、失礼ね!」


 マデリーンは憤慨した。

 故郷の村では、マデリーンにあんな態度を取るものはいない。

 そこらの石ころのように扱われるのは耐えられない。

 しかも、まだ若い青年だというのに、マデリーンの美貌に心を動かされた風もなかった。


(美人が多いのは認めるわよ……!)


 往来おうらいを行く若い娘たちは生き生きとしており、どの子も洗練されているように見える。

 おしゃれが板についており、堂々と闊歩かっぽしている。

 誰もマデリーンを見もしない。田舎の村の巫女姫など興味もたれない。


(王都に来れば何かが起こるかも……と思ったけれど)


 重い足取りで叔父宅に帰ると、夕飯どきに面白い話をしてくれた。


拝謁はいえつ式……?」

「そう。明日は月に一度の明日は王族の顔見せの日なんだ。そのあとはパレードもあるよ。王族の方々が馬車に乗って大通りを練り歩くんだ。近くで見られるよ」

「王様も……王子様もいる?」

「ああ。とても華やかだよ。いい土産話になる」

「いいわね」


 王族など見たことがない。心が浮き立つのがわかる。


(王子か……もし見初みそめられたら……)


 マデリーンの目にはもう、形だけの婚約者であるニールなど映っていなかった。

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