第31話:貴族の女子会
「ほら、そこにお座りになって」
貴族の令嬢たちに囲まれるようにして、クロエは椅子に腰掛けた。
「さあ、ワインをどうぞ」
「えっ、でも私、あまり飲んだことがなくて……」
「淑女の
「は、はあ……」
クロエは淡い赤色のワインが入ったグラスを渡された。
「じゃあ、新しい出会いに乾杯!」
令嬢たちがグラスを掲げ、口をつける。
クロエも少しだけ飲んでみた。
(あ、ほんのり甘い……)
驚くほど上品で芳醇な香りが鼻をくすぐる。
(美味しいな……)
ほんのり頬が上気するのがわかる。
楽しそうにワインを飲むクロエを、イザベラがじっと見つめた。
「あなた、知り合ってどのくらいなの。1ヶ月?」
「いえ、一週間です」
「え?」
どっと笑いが起きた。
「一週間ですって!」
「ふふ、まるで子ども同士のお遊びね。一生を共にする相手を思いつきで選んだのかしら」
「お互いのこと、ろくに知らないのでは?」
口々に嘲笑され、クロエは手が冷たくなるのを感じた。
「こういうことは言いたくないですけれど、からかわれているのよ、あなた」
「エイデン様はそんな方ではありません」
きっぱり言うと、イザベラが鼻白んだように頬を引きつらせた。
「あなたがエイデンの何を知ってるっていうの?」
イザベラを援護するように、他の令嬢たちが口々に
「世間知らずの村娘がのぼせあがって……!」
「身の
「イザベラ様の方があなたよりよっぽど親しいのですから」
クロエはじっと下を向き、罵倒に耐えた。
「まあ、私はエイデンとは四歳からの付き合いですから、彼のことはよく知っているのよ。出会って一週間のあなたなんかより、ね」
イザベラが挑戦的な眼差しを向けてくる。
「あなたは村娘だから、王子というだけでエイデンを特別に思っているのではなくって?」
「それは……エイデン様は特別かと……」
クロエの目に映るエイデンは”王子様”そのものだ。
何もかも失ったクロエに手を差し伸べ、新しい生活を与えてくれ、王都にまで連れてきてくれた。
これほど優しく頼りになる男性はいない。
エイデンの人柄のせいか、一緒にいるだけで心が浮き立ち、何もかもが輝いて見える。
そんな男性が特別でなくて何なのだろう。
イザベラが
「そんなことだろうと思ったわ。あなたは舞い上がっているだけ。エイデンに夢を見るのはやめた方がいいわよ」
思わせぶりな言葉でイザベラが迫ってくる。
「彼は決して完璧な人じゃないわ。彼の弱点をご存知?」
「いいえ……」
エイデンの弱点など思いつかない。
王子という身でありながら、辺境伯という過酷な任務を全うし、前任者の後始末まで責任を持って
何も言わないクロエに、イザベラが勝ち誇ったように微笑む。
「エイデンは朝が弱くて、絶対に一人で起きられないのよ。子どもみたいにね」
「ああ、昔からそうなんですね……」
即座にうなずくと、イザベラが不快そうに顔をしかめた。
まさかクロエがそんな個人的なことを知っていると思わなかったようだ。
しかも、まったく幻滅した様子がない。
イザベラがさっと気分を切り替えるように、次の話題に移る。
「私は彼と親しくてね。他の人には見せないものも知っているの」
華やかな笑みを浮かべ、イザベラが口を開いた。
「あなた、エイデンの胸に傷があるのをご存知? 剣の練習をしたときにつけた傷ですけれど」
「あ……」
エイデンを起こしたとき、寝間着がはだけた胸を見たことを思い出した。
滑らかな白い肌についていた傷――。
「あの左胸にうっすら残っている傷ですね」
「な……!」
イザベラの顔が真っ赤に染まる。
「なんて嫌らしい! もう男の寝床に忍び込んでいるのね!」
「ご、誤解です!」
確かに寝室に出入りはしているが、
クロエはハッとした。
イザベラの目には燃えるような怒りとともに、ほんの少し悲しみのようなものが浮かんでいた。
クロエは気づいてしまった。
なぜなら、自分も同じ思いを抱いているからだ。
「イザベラ様はエイデン様のことがお好きなんですね……」
何気なくかけた一言に、イザベラが槍で
ぎゅっと唇をかみしめ、イザベラが睨んでくる。
「べ、別に……あんな第8王子なんて……私にふさわしく」
そのとき、緞帳を持ち上げるようにしてエイデンが休憩室に入ってきた。
「イザベラ、もういいだろう。クロエを返してくれ」
イザベラがつん、と顎を上げる。
「あなたの気まぐれにも困ったこと。こんな下品な田舎娘をパーティーに連れてくるなんて!」
「イザベラ、それはあまりにも失礼じゃないか?」
「何が? こんなところに平民が
「イザベラ!」
エイデンに
「せっかくのパーティーの品位が落ちるってものよ。あなた、それ古くさいブローチね」
イザベラが扇子でクロエの胸に飾られた金の花のブローチを差す。
「あなたにはお似合いだけど、もう少し装飾品にも気を配ったほうがいいわ。パーティーもあなたの格も落ちると言うものよ」
イザベラは侮蔑を隠そうともしなかった。
クロエは自分が田舎者の平民だとそしられるのは我慢できても、これは看過できなかった。
勇気を振り絞り、声を上げる。
「こ、これは王妃様からいただいた大事なブローチです!」
しん、と周囲が静まり返り、イザベラの顔が引きつった。
「ハリエット様からいただいたですって……?」
「この厚みのある花弁をもつ花はクチナシです。真っ白く香り高い花で、『喜びを運ぶ』という花言葉を持っています」
「だから何よ……」
「ハリエット様はこのブローチをお祖母様からいただいたそうです。相手の幸せを願って渡していくアクセサリーですから、新しくないのは当然です」
「ああ、そう」
気まずそうにイザベラが顔をそらせ、その場を足早に離れた。
いきなりわっとした歓声に包まれ、クロエは驚いた。
いつの間にか周囲には人だかりができていて、クロエに感嘆の眼差しを向けていた。
「すごいな、あのイザベラ嬢を撃退するなんて!」
「さすが、エイデンの妻になる女性だ」
「当たり前だろう。辺境で新しく町作りを始めようという気概をもった女性だ。そこらの女性が歯が立つ相手ではない」
エイデンが得意げに言う。
「エ、エイデン様、やめてください……」
クロエは恥ずかしくなってうつむいた。
「さあ、行こう。クロエ。紹介したい人がたくさんいる」
「はい……!」
クロエは差し伸べられた手を取り、会場の中心に向かって歩き出した。
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