第30話:エイデンの幼馴染み

「私も仲間に入れてくださらない?」


 ゆったりと波打つ、ストロベリーブロンド。

 湖水を思わせる青い大きな瞳。

 ひときわ目を引く、大輪のバラを思わせる令嬢だった。


(イザベラ様……)


 聞き覚えのある名前だった。


(確かアルバート様が口にしていた方……)

(貴族のお嬢様よね、きっと)


 堂々と歩み寄ってくるその姿は、自信と気品に満ちている。

 イザベラがエイデンの前で立ち止まった。

 赤く塗った唇をつり上げると、首を傾げてエイデンを見上げる。


「久しぶりね、エイデン」

「ああ、イザベラも元気そうだ」

「あなたは少し痩せたんじゃない?」


 イザベラがそっとエイデンの胸に触れる。


「おい、やめろ。はしたないぞ、イザベラ」


 エイデンがそっとイザベラの手をよける。


「大変そうね、辺境での生活。もっとこっちに帰ってきたら?」

「やることが多いんだよ」


 明らかにエイデンの口調がぶっきらぼうになっている。


(すごく親しげ……どういう関係の人なんだろう?)


 ドキドキしながら見守っていると、イザベラの大きい瞳がクロエをとらえた。


「あら、見かけない顔ね」


 冷ややかな値踏みする目に、思わず目をそらせてしまう。


「俺の婚約者のクロエだ」


 イザベラの眉が寄せられる。


「は? 何言ってるの……? 婚約だなんて、そんなこと一言も……」

「両親にももう紹介した」

「だって、辺境に行っていたじゃない! まさかそこで出会ったの?」

「ああ。ノースフェルドで出会った。クロエとは出会ってまだ一週間くらいだ」

「は? それで婚約って……」

「俺も驚いたがな。わかるものなんだな。どの縁談もピンと来なかったが、結婚すべき相手というのは全然違う」


 クロエはハッとした。

 イザベラの扇子を持つ手がかすかに震えている。


「いったいどこのご令嬢なの」


 明らかに敵意むきだしの声だった。


「クロエは貴族じゃない」

「じゃあ何? 豪商の娘?」

「いや、特に後ろ盾があるわけじゃない」

「じゃあ、なんで」

「なんでって」


 エイデンが照れくさそうに笑う。


「わかるだろ?」

「わからないわよ! ああ、あなたのいつものお遊び? びっくりさせるのが好きだものね!」

「遊びじゃない。俺は真剣だ。もう王家の指輪も贈った」


 イザベラが鋭くクロエの左手の薬指を見やる。


「ずいぶんな早業はやわざね。今日帰ってきたばかりのくせに……」


 戸惑うクロエの肩に、エイデンの手がそっと置かれた。


「イザベラは公爵令嬢で俺と同い年の幼馴染みだ。このとおり、わがままで気が強い」

「褒め言葉と取っておくわ」


 イザベラが余裕の笑みを浮かべる。


(幼馴染み……ずいぶん長い付き合いみたい)


 まだエイデンと出会って間もないということを痛感する。

 そのとき、笑みを浮かべたイザベラが近づいてきたかと思うと、するっとクロエの腕に手を絡ませた。


「!?」

「ねえ、クロエ嬢。ちょっと女性だけで話さない? ここは男性ばかりでつまらないわ。女同士のお話をしましょうよ」

「えっ、あの――」

「やめろ、イザベラ。クロエに絡むな」


 止めようとしたエイデンの前に、イザベラの取り巻きらしき令嬢たちが現れる。


「エイデン様、女同士のお楽しみに水を差す気ですか?」

「無粋ですわよ」


 令嬢たちがクスクスと笑う。

 まるでエイデンとクロエを隔てる壁のようだ。


「そうよ、エイデン。これは交流パーティーなのよ? 彼女があなたの婚約者なのだとしたら、女性との社交は必須でしょう?」

「彼女は今日、王都に来たばかりで――」


 エイデンの言葉など、イザベラは鼻も引っかけなかった。


「なら尚更、早く慣れたほうがいいわ。こちらにいらして」


 イザベラに誘われ、クロエは会場の奥にある緞帳どんちょうの向こうへと連れていかれた。

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