第29話:交流パーティー

「エ、エイデン様……」


 侍女たちに薄緑色のドレスに着替えさせられたクロエはおろおろしながら、椅子に腰掛けて待っていたエイデンの前に出た。


「こんなすごいドレス……いいんでしょうか?」


 光沢こうたくのある高級な生地を使い、レースや刺繍などで飾り付けられた豪華なドレスを見る。


「よく似合っている。……母上のブローチをつけたのか」

「はい」


 薄緑色のドレスに金色のブローチはよく映えた。

 ブローチに合わせ、イヤリングやネックレスも金素材のものを選んでもらっている。


「母上が喜ぶだろう。さ、手を」


 白い手袋をつけた手が差し出される。

 クロエは恐る恐るエイデンの手を取った。


「エイデン様、私パーティーなんて初めてで、どうしたらいいのかわからないのですが……」

「身構えることはない。ただの交流会だ。おまえは初めての参加だから、俺が皆に紹介するよ。誰も知り合いがいないから大変だとは思うが……俺がそばにいるから」

「はい!」


(そうだわ。エイデン様の妻になるのだから……!)


 いくら辺境の地で暮らすとはいえ、まったく王室行事に関わらなくていいはずがない。 こういった公式行事に出て、王族や貴族の人たちと交流する場が出てくるだろう。

 臆していてはいけないと、クロエは自分を奮い立たせた。


(エイデン様に恥をかかせないよう、しっかりしないと!)


 背筋を伸ばす。


「では、ボウルルームに行くか」


 エイデンに誘われるまま、別の建物へと移動する。

 衛兵たちがエイデンを目にすると、静かに頭を下げた。


「エイデン様、こちらです」

「ああ」


 重々しく開かれた扉の奥からは、優雅な音楽が聞こえてきた。


「わあ……」


 見上げるような高い天井のボウルルームが目に飛び込んできた。

 広い会場をドレスやタキシード姿の人間が埋め尽くしている。


(す、すごい人数!)


 国中の貴族を集めてきたのではないかと思うほどの盛況ぶりだった。


「おっ、来たな! 二人とも!」


 待ち構えていたアルバートが近寄ってくる。

 見知った顔に、クロエはホッとする。


「さあ、皆に紹介するよ。今日はすごい人だろう? 久しぶりにエイデンに会えるとあって、重い腰をあげた者もいるぞ」

「それでいつもより多いのか」


 エイデンが苦笑する。

 会場の中へと進むと、あっという間にエイデンの周囲に人垣ができた。


「エイデン! 久しぶりだな」

「辺境はどうだ?」

「想像以上に大変だよ」


 肩をすくめるエイデンに、皆がどっと笑う。


「もう三十年以上も放置されていたらしいじゃないか」

「誰だっけか、カーター?」

「偏屈な奴だったらしいから、その後釜じゃ苦労するな」


 エイデンをねぎらいつつ、彼ならば何とかするだろうという信頼感が伺える。

 本来なら笑い事ではない労苦のはずだが、ゆったり微笑んでいるエイデンを見て安堵しているようだ。


「で、隣のお嬢さんは?」

「初めて見る顔だが……」


 皆の視線がエイデンのかたわらにいるクロエに集まる。

 クロエは唇を引き結び、しゃんと背筋を伸ばした。


「俺の婚約者のクロエだ」

「え――」


 集まった全員が絶句する。


「ええっ、婚約者!?」

「おまえ、先月辺境に行ったばかりだろ!?」

「あっちで見つけたのか?」

「あれだけの縁談を全部断ったくせに!」


 一斉に詰め寄られ、エイデンが苦笑する。


「突然で驚くのは無理もないが……もう両親には紹介してある」

「王と王妃のお墨付きか!」


 皆がほうっと嘆息する。


「で、どこのお嬢さんなんだ!?」

「何歳?」

「どうやって出会ったんだ?」

「結婚の決め手は?」


 四方八方から質問が浴びせかけられる。


「落ち着いてくれ。ちゃんと紹介するから。クロエはメイデンホリーという村出身の女性だ」

「村って……貴族じゃないのか?」

「ああ。クロエは事情があって、出自しゅつじが不明なんだ」


 当然のようにざわめきが起こる。

 だが、クロエはホッとしていた。

 出自が不明なのは本当なのだから、隠すより先に言っておいた方が対応しやすい。


「へえ……また、すごい変わった子を……」

「すごい美人だから、一目惚れか?」

「まあ、そんなところだ」


 エイデンが軽くあしらう。


「こいつ! さっそくのろけやがって!」

「本当のことだ。クロエは気立てがよく働き者だ。いつも俺のそばにいて助けてくれる。もう彼女がいない生活なんて考えられないよ」


 エイデンの言葉に、一瞬皆が呆気にとられた。


「惚れ込んでいるな!」

「そりゃあ、あのエイデンが電撃婚約するんだ」

「どんな出会いだったんだよ!」

「詳しい話は後々な。ほら、クロエがびっくりするだろ。王都の貴族はこんなにかしましいのかと思われてもいいのか?」

「これは失礼」

「つい興奮してしまって」


 エイデンと同い年くらいの貴族の青年たちが咳払いする。

 黙ってしまったクロエを気遣ってか、エイデンがこそっとささやいてくる。


「悪いなクロエ。今だけ我慢してくれ。ノースフェルドに戻ったら静かになるから」

「は、はい」


 こんなに大勢の人に注目されるのは初めてだった。

 興味をもたれるのも。


(ドキドキするけど、大勢の人と話すのは楽しい……)


 村では黒髪のクロエに嫌悪の表情を浮かべる人が多かった。

 だが、王都ではクロエの黒髪に奇異の視線を送るものはいない。


「それにしても見事な黒髪ですね」

「もしかして、エステル皇国の人かもな」

「ああ、確かに」


 貴族の青年たちがうなずき合う。


(あ、また……エステル皇国の名前が出る……)


 髪が黒いというだけでなく、顔立ちや醸し出す雰囲気がエステル皇国の人を思わせるようだ。


「そんなにエステル王国の人間に見えますか?」

「あの国の人にしては肌が白いけど……黒髪が印象的だから」

「……」


 いろんな人に指摘され、クロエはだんだんエステル皇国のことが気になってきた。


(でもエステル王国は南の方の国のはず。他国の、さらに北部の村に赤ん坊を預ける経緯が想像つかない)


「なんでも構わない。身分も血筋もなんでもいい。クロエなら」


 話を終わらせようとしたエイデンだったが、逆にわっと盛り上がってしまった。


「おまえ、夢中だな!」

「エイデンにそこまで言わせるとは!」

「ああ、うるさいうるさい」


 エイデンが煩わしそうに大きく手を振るが、なかなか騒ぎは収まらない。

 クロエは照れくさいが、嬉しくもあった。


「あら、楽しそうね」


 凜とした女性の声に、周囲の人たちがざわっと振り向いた。


「イザベラ嬢だ……!」


 真紅のドレスに身を包んだ華やかな顔だちの女性が立っていた。

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