第28話:エイデンという人間
「それでは失礼します、母上」
クロエはぼうっとしながらエイデンと部屋を辞去した。
「どうした。母上の言ったことが気になるのか?」
「はい。エステル皇国のこと、何も知らなくて」
「俺も行ったことはないが、花の都には行ってみたいと思っていた」
エイデンが顎に手を当て、物思いにふける。
「おまえの素性について少し調べてもいいかもしれないな」
「えっ」
「ただの村娘ならいいのだが、他国の皇族の血を引いているなら知っておいたほうがいい」
「そんな! 私なんかが皇族だなんて!」
笑い飛ばそうとしたが、エイデンは真顔だった。
「……おまえは自覚がないのか?」
「何をですか?」
「村娘にしては品がある。村でも目立っていなかったか?」
「……周りから浮いてはいました。黒髪だし……」
「髪色だけではなかったんじゃないのか? 皆、自分たちとは何かが違うと無意識に感じ取っていたのかもしれない」
「そんな、考えすぎです!」
「そうかもしれんが……。城のことが落ち着いたら、少し考えてみるか」
「はい……」
仮にも王族の一員となるならば、素性がわからないというのは危険かもしれない。
まさかこんな話になるとは思わず、クロエはため息をついた。
クロエの気持ちが沈んだのを感じ取ったのか、エイデンがことさら明るく話しかけた。
「クロエ、ありがとう」
「えっ?」
「父も母もとても喜んでいたし、安心させられた。なり手がいなくて俺が辺境伯になったが、両親はやはり思うところがあったようだ。遠方の僻地で暮らすことになる俺を心配していた」
「……」
ふたりがエイデンをとても愛しているのは伝わってきた。
本当なら目の届く手元に置いておきたかっただろう。
「私がハリエット様なら、王宮にいてほしかったと思います」
「そうかもしれないがな」
エイデンが苦笑する。
「王都から離れた北方の地は管理しておかなければ、
「それに、なんですか?」
少しためらったのち、エイデンが口を開いた。
「王都から目の届きにくい広大な領地を、信用のおけない者に預けるのは危険だ。俺なら王族だし、適任だと思ったのだ」
「ああ、それで……」
エイデンが王子という身分でありながら、こんな損な役回りを引き受けた真意がわかった気がした。
(この人は……王位争いにも関係のない王族なのだから、王宮でのんびり気楽に暮らすこともできだだろうに……)
だが彼は一人辺境伯として旅立った。
そして、生贄の娘たちの世話をし、新生活までもきちんと整えた。
(エイデン様……)
薄々気づいていたが、とても生真面目で責任感の強い人間なのだ。
(目配りできる人は大変だわ……。苦労を
「ノースフェルドで今回のようなことが起こったのは教訓として刻む。俺が辺境伯としてきちんと立て直す」
「はい……!」
「ただ、一人というのは存外きつかったな。母上たちがこぞって縁談を持ち込んだわけだ」
「ああ、ハリエット様がおっしゃってましたね」
エイデンがくすっと笑う。
「俺が全部断ったので、母上たちはさぞやがっかりしただろう。そばに寄り添い、支えてくれる
エイデンがそっとクロエの髪を撫でる。
「一から領地を再建しようと奮闘する俺のそばに、おまえのような娘がいてくれて安心しただろう」
「それならいいのですが……」
「両親はおまえが気に入ったようだ」
「ありがたいことです。こんなどこの馬の骨かもわからないような人間に……」
「気にするな。第3王子まではやはり結婚に関していろいろしがらみがある。だが、一生を共にする相手を地位や血筋だけで選ぶと悲惨なことになる。父はパーティーで出会った母に一目惚れだったそうだ。王の義務で側室を作らねばならなかったが、正妃である母をとても大事にしていてお互い信頼している」
エイデンがの手が優しくクロエの頬に触れる。
「好きな相手が一緒にいてくれれば、どんな苦難でも乗り越えていけるということだ」
「エイデン様……」
「これからも苦労をかけると思うが……そばにいてくれ、クロエ」
「もちろんです!」
エイデンがそっとクロエを抱き寄せようとしたとき、アルバートが廊下を歩いてきた。
「おい、エイデン! もうすぐパーティーだぞ!」
「……アルバート兄上、邪魔しないでください」
「は? なんだおまえ、まだ着替えてないのか!」
タキシードに着替えたアルバートが呆れ顔になる。
「クロエ嬢も! ドレスなど必要なものはこちらで揃えているので、着替えてください!」
「……ったく、
「休息? そんな
アルバートにてきぱき指示をされ、クロエたちはそれぞれ別の部屋でしたくをすることになった。
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