第27話:クロエの力

「そうそう、クロエさん。花を育てるのが上手なの?」

「あ、はい。特技といえばそれだけで……」


 ハリエットに尋ねられ、クロエは慌ててうなずいた。

 さんざつまらない能力だと言われていたことを思い出し、恥ずかしくなる。


「ちょっと見ていただきたいものがあるのだけれど……」


 ハリエットにわれ、クロエはエイデンとともにハリエットの私室へ向かった。


「こちらいただきものなのだけれど……」


 部屋の片隅に置かれた大ぶりの鉢植えには、ピンク色のつぼみをつけた花が植えられていた。

 だが、つぼみを付けた花も茎についた葉も、しんなりと力なく垂れている。


「ちゃんと世話をさせていたのだけれど、うまく育たなくて。花が開く前に枯れてしまいそうなのよ」

「母上……この花はどう見てももう手遅れだろう。こんなに力なくしおれている。クロエは魔法を使えるわけじゃないんだ」

「そうよね……」


 エイデンにたしなめられ、ハリエットが肩を落とす。


「……」


 クロエはそっと花に触れた。


「水をたっぷり与えてみましょう」

「えっ?」

「鉢植えが入るくらいの大きなかめはありますか? それに水を入れてもっていただきたいのですが」


 ハリエットが侍女に申しつけると、すぐに瓶が用意された。


「ありがとうございます」


 クロエは鉢植えをそっと瓶の中へ入れた。


「たっぷりの水に植木鉢ごと浸します」


 しばらく瓶につけたあと、クロエは鉢植えを取り出した。

 そっとつぼみに顔を近づける。


「大丈夫。きっと綺麗に咲けるから……頑張って」


 クロエは花に優しく語りかける。

 植物はクロエの声をまるで糧にするように元気になるのだ。


「あなたなら、咲けるよ……」

「まあ!」


 ハリエットが声を上げる。

 しおれていた花が首をもたげ、しゃんとまっすぐ立った。

 そしてつぼみがゆっくりと開いていく。


「花が! 花が咲いたわ!」

「クロエ、これは……」


 ハリエットとエイデンが驚愕の表情を向けてくる。


「はい。花を元気にすることが得意で……」

「すごいわ! 魔法みたいね!」


 ハリエットが顔を紅潮させ、手を握ってくる。


「ありがとう、クロエ」

「いえ、私はちょっと力を貸しただけです。この花が頑張ってくれたんです」

「素晴らしいわね……。こんな力が」


 村ではつまらない能力だと馬鹿にされてきたが、こんなにもハリエットに喜んでもらえて嬉しい。

 ハリエットがじっとクロエを見つめた。


「あなた……綺麗な黒髪よね。もしかして、エステル皇国の出身なのなの?」

「いえっ、そのっ……」


 自分でも素性すじょうがわからないので、クロエはしどろもどろになった。


(恥ずかしい。怪しまれるかも……)


「私……養女だったみたいで、何もわからないんです……」

「そうなの!」


 ハリエットは驚いたようだが、特にさげすむ様子はなかった。


「エステル皇国では緑の国とも言われていて、花であふれる都まであるの。その皇族はどんな花でも咲かせられる力があるのですって」

「そ、そうなんですか!」


 他国のことはほとんど知らない。

 学校でも教えてもらわなかったし、自分にはまったく関係のない世界だと思っていた。


「エステル皇国は南方の国で、あなたのように色の濃い髪色をした人が多いの。だから、もしかしたら、エステル皇国の血を引いているのかもと思ったのだけれど……」

「……」


 自分が他国の国の血を引いているなど、考えたこともなかったクロエは呆然とした。

 だが、この国では色の薄い髪色の人間が大多数を占めることを考えると、その可能性があるかもしれない。


「花を咲かせる能力なんて、他では聞いたことがないから……。皇族の血を引いているのかもしれませんね」


 興味津々にハリエットが見つめてくる。


「そんな、皇族だなんて恐れ多いです……」


 そもそも、そんな高貴な血を引く人間が、他国の人間に預けられることなどあるのだろうか?

 クロエには想像もつかなかった。


「母上、クロエが戸惑っています。彼女自身もわからないんですから……」

「そうね、ごめんなさい」


 ハリエットが鏡台に向かうと、引き出しから何やら取り出してきた。


「これ、お礼に差し上げるわ。よかったらパーティーにつけて出て」

「えっ……」


 ハリエットが差し出してきたのは、金色の花をかたどったブローチだった。


「私にはもう可愛らしすぎて……もらってくれると嬉しいわ」

「こんな素晴らしいもの、いただけないです!」


 素人目にも高価な品だとわかる。

 花弁の一つ一つが美しく生き生きとしている逸品だ。


「あなたにつけてほしいのよ。似合うと思うわ」


 ハリエットの笑顔に背中を押され、クロエはブローチを受け取った。


「あ、ありがとうございます!」


 レストラード王国では、娘が嫁ぐ際に母親が自分の使っていたアクセサリーを贈る風習がある。

 大事なものを受け継いでいく、という意味合いがあり、クロエは密かにその風習に憧れていた。

 ただの思いつきなのかもしれないが、なんとなくハリエットが自分を娘と認めてくれたような気がしてクロエは顔をほころばせた。


(でも、まさかエステル皇国なんて国の名前が出てくるとは思わなかった……)


 ハリエットの言葉が胸に大きくのしかかる。


(でも、そう思えば髪色のことや花を咲かせる能力についてしっくりはくるけど……)

(私がエステル皇国の皇族……? そんなことあるわけない……)

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