第26話:王と王妃
気持ちが固まったエイデンの行動は早かった。
すぐさま王と王妃へのお目通りが叶ったとの知らせが来る。
「えっ、今すぐですか!?」
まだ心の準備ができておらず、クロエはおろおろした。
「パーティーの前に話を通しておいたほうがスムーズだろう。あとから知ったのでは、父である王の
「そ、そうかもしれませんが!」
今日王都に着いたばかりで、王と王妃に会うことになろうとは思いもしなかった。
しかも、まだ口約束とはいえ、王子と婚約までしてしまった。
(辺境に来てから、何もかもがすごい勢いで変わっていく……)
おろおろするクロエの手がそっと握られる。
勇気づけるように優しく見つめる薄青の目に、クロエは心が落ち着くのを感じた。
(そうだ……私のそばにはエイデン様がいる)
「では、
「は、はい!」
エイデンとともにクロエは歩き出した。
衛兵が立っている扉を開けると、そこは応接室のようだった。
奥のソファに二人の男女が座っている。
クロエは王と王妃の顔を知らない。
ただそういう高貴な方々が存在している、という知識があるだけだ。
だが、一目見てわかった。国民の上に立ち、国を治めている方たちだと。
(すごい……オーラが全然違う……!)
淡い金色の髪をした王と、エイデンそっくりの金色の髪と薄青の目をした王妃が、立ち上がって出迎えてくれる。
「久しぶりね、エイデン」
王妃が微笑むと、エイデンが歩み寄って母の手をとる。
「いろいろ忙殺されて、一ヶ月ぶりに戻りました」
エイデンがそっとクロエの背に手を添える。
「父上、母上。こちらが婚約者のクロエです」
「は、初めまして」
クロエはなんとか挨拶をしたが、声が震えてしまう。
「ようこそ、王宮へ。国王のレオナルドです」
「初めまして、クロエさん。エイデンの母で王妃のハリエットです」
王と王妃はにこやかに挨拶してくれたが、エイデンに向ける眼差しは困惑に満ちていた。
「……1ヶ月ぶりに顔を見せたと思ったら、いきなり婚約とは」
「何があったのか、話してちょうだい」
戸惑った様子の国王夫妻に、エイデンはうなずく。
「ええ。そのために、お二人には時間を作ってもらいました」
クロエは緊張のあまり声も出ない。
(そうよね、国王ご夫妻が驚くのも無理はないわ。辺境伯として遠方に赴任した息子が、いきなりどこの誰かもわからない女を連れてきたのだから……)
だが、クロエには国王夫妻を安心させられる材料が何もない。
(貴族でもなく、それどころか出自も不明の娘……ああ、どうしたら……)
クロエの不安を感じ取ったのか、ハリエットが微笑みかけてくる。
「とにかくかけて、クロエさん、紅茶でいいかしら」
「は、はい!」
優美な仕草で椅子を勧められる。
侍女が紅茶をいれると、一礼して部屋を出ていく。
室内に四人だけになると、ハリエットがおもむろに口を開いた。
「クロエさんはどちらのお嬢様かしら? 北方の貴族の方?」
「クロエは生贄の娘です」
物騒な言葉に、国王夫妻がぎょっとしたように目を見開く。
エイデンがすらすらと事の次第を説明するのを、クロエはハラハラして見守った。
放任されていた前辺境伯のカーターの
「そんなおぞましいことが……!」
ハリエットが手で口を覆う。
「北方は長らく平穏だったので辺境伯に任せていたが、まさかそんな事態が起きていたとは……ゆゆしき事態だ。だが、当の本人は亡くなっているのでは罰することもできない」
眉をしかめたレオナルドは深くため息をついた。
「はい。
エイデンは生贄の娘たちは村には戻れないこと、また、戻ることを拒否し、新しい生活を望んだことなどを説明した。
「なるほど、では娘たちは今別人となって王都で暮らしているのか」
「今のところ、全員問題なく暮らしております」
「そうか。そんなことが……エイデンよくやった」
「辺境伯として当然のことをしたまでです。そして、最後に来た生贄の娘がクロエです」
再び注目がクロエに集まる。
「クロエは他の娘と違いました。城の立て直しを積極的に手伝ってくれ、私の生活も助けてくれています」
「ほう」
「クロエは花を育てるのが得意ということで、まずは城の道を整備してもらっています。道の両脇に花を植えた美しい道を作ってくれています。完成した暁には、ぜひ見ていただきたいです」
「素敵ね。おまえと一緒に城を作り上げていってくれているのね」
ハリエットの目がやわらかくなった。
「改めて、謝罪と感謝を。私たちの怠慢によって多大な被害を与えてしまった。申し訳ない。今後の生活についてできるだけの便宜を図ると言いたいとところだが――」
レオナルドがエイデンを見た。
「エイデンと結婚するのであれば、息子に任せよう」
「クロエさん、私たちは賑やかな王宮を離れて一人辺境の地で寂しい思いをしているエイデンのことがずっと気がかりでした。あなたのような人がエイデンのそばにいてくれたら安心です。エイデンを支えてやってくれますか」
「はい! 及ばずながら努力いたします」
まさかこんな言葉をかけてもらえるとは思わず、クロエは驚きながら頭を下げた。
「で、でも私なんかで本当にいいのでしょうか?」
思わずクロエは不安を口にした。
「貴族でもなんでもなくて……」
「おそらくエイデンから話があったと思いますが、第8王子には配偶者に何らかの条件が課せられることはありません」
ハリエットが安心させるよう微笑んだ。
「エイデンは幼い頃から賢く聡い子でした。息子の人を見る目は信用しています。エイデンがあなたを選ぶというのなら、それは間違っていないのでしょう」
「……!」
エイデンは両親から
「エイデンは身を固める様子がなく心配だったから安心した。こちらが縁談をいくら持っていっても見向きもしなかったのにな」
「結婚する気がなかったですから」
「たった一人で辺境を治めるのは大変だ。苦労を分かち合う人がいないと――」
「二人とも心配性ですね。俺は大丈夫だ、って言ってるじゃないですか」
「そうだな。杞憂だったようだ。クロエさんを連れてきているし」
「……」
貴族や王族は、平民と違ってシビアな打算の世界で生きていると思っていた。
だが、エイデンたち親子の間の空気は、なんら変わりない。
(家族同士が愛し合っているのがわかるわ……)
クロエは微笑ましくエイデンたちの会話を見守った。
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