第24話:ふたりの夢

 夕飯を食べたあと、エイデンはクロエを自室に誘った。


「ゆっくり話すのは、やはり自分の部屋が一番だから」


 そう話すと、クロエが緊張した面持おももちでついてくる。


(やはり初めての王宮は気が張るよな……)


 一瞬での移動が便利だからとつい王家の鍵を使ってしまったが、王都自体が初めてのクロエには刺激が強すぎたようだ。

 自分の部屋に通すと、クロエが息を呑むのがわかった。


「す、すごいお部屋ですね」


 エイデンの自室は城の部屋を同じくらいの広さだったが、置かれた家具や装飾品の豪華さがあまりにも違う。

 精緻な刺繍がほどこされたクッションや、タッセルのついたカーテン、高価そうな絵画や置物をクロエが珍しそうに見ている。

 この部屋に比べると、城の部屋は質素極まりない。

 なにせ必需品しか置かれていないのだ。


(部屋も整えていかなければな。ようやくシーツとカーテンを新調か……先は長い)


 クロエにソファを勧めると、エイデンはおもむろに口を開いた。


「今日はどうだった? 楽しかったか?」

「はい、とても!」


 クロエの顔がぱっと明るくなった。

 のんびりした辺境の生活とはまるで違う濃密な時間をクロエは楽しんだようだ。

 それは案内したエイデンには嬉しく、だが寂しいことでもあった。


「やはり、王都はいいよな……」

「はい!」


 クロエが大きくうなずく。

 やはり王都は若い娘には魅力的に映るだろう。

 これまで連れてきた5人の娘たちは全員王都に住んでいる。

 一度連れてきたら、辺境に戻りたいという娘はいなかった。


 エイデンのことが好きだと言い、そばにいさせてほしいと懇願した娘もいたが、今や王都での暮らしに夢中で便たよりの一つも寄越さない。

 だから、クロエが何度となく『城で暮らしたい』と言ってくれても、エイデンは本気に取れなかった。

 それは一時の気の迷いのようなもので、王都での暮らしを知ったらあっさりひるがえると思ったのだ。


(やはりクロエも王都で新しい生活を送る方がいいのだろう……)

(素直で気配りのできる働き者だ。すぐに新しい生活にも馴染むだろうし、いろんな可能性も広がる……)


 もうすぐクロエとはお別れだ――と思った瞬間、ぐっと胸にこみあげるものがあった。

 たった一週間。

 七日ほど、一緒にいただけだ。


 なのに、こんなにもクロエを手放すのがつらい。

 毎朝、元気よく起こしてくれるクロエ、花の苗がほしいと一心に見つめてきたクロエ、泥まみれになりながら美しい花の道を作っているクロエ――。

 どのクロエも思い出すだけで心が温かくなる。


(そうか……俺は幸せだったんだな、クロエといて)


 いくつものささやかな、だが、かけがえのない記憶が蘇り、エイデンをさいなんだ。

 このままクロエを手元に置いておきたい誘惑にかられる。

 エイデンがたくみに誘導すれば、きっとその願いは叶えられるだろう。


(ダメだダメだ!!)

(俺の勝手な希望で、そばにいてほしいと言ってはいけない)

(言えば、クロエを苦しめることになる)

(笑顔で送り出すんだ。新しい人生に)

(クロエはもう、じゅうぶん苦しんでいる。家族と故郷を捨て、命までなくす覚悟をして――)


 だが、いくら頑張っても笑顔を作れない。

 得意だったはずだ。

 本心をいつわって仮面をかぶることなど、これまで難なくやってきた。

 エイデンの葛藤かっとうをよそに、クロエが生き生きと語る。


「王都に来て感激しました! もうすべてが素晴らしくて、たくさん人もいて――」

「クロエ――」


 なんとか明るい声を出そうとしたとき、思いがけない言葉が飛び込んできた。


「ノースフェルドもこんなふうになったらいいですね!」

「え……?」


 エイデンは呆然とクロエを見つめた。

 クロエが頬を紅潮させる。


「明るくて楽しくて、いろんな品物を置く店があって……人が集まる活気のある場所になったら素敵だと思いませんか?」

「あ、ああ……」


 エイデンはかろうじて相づちを打ち、目を輝かせて話すクロエを見つめた。


「まずはお城を綺麗にしなくちゃいけないですけど、そのあとは整備している城の道をずっと町まで繋げたいんです!」

「!!」


 エイデンは驚いた。まさか、クロエがそんな先のことまで考えていると思わなかった。


「それから、町にもたくさんお花を植えて……。中央広場もあるといいですよね! 皆がくつろいだり、待ち合わせたりできる場所を作って……。お店をたくさん呼んで……最初は露天商でいいから定期的に市場も開いて。そうしたら、きっと周辺の村や町からも人が来るようになると思うんです!」


 エイデンは胸に熱いものが込み上げるのを感じた。

 形は多少違っていても、クロエもエイデンと同じ夢を描いていた。


(そうだ……俺も、ただ辺境の生活を維持するだけじゃなくて)

(不便な場所だが、人が集まって賑わう城下町を作りたいと……)


 壮大な夢だと言ってよかった。

 それを王族でも貴族でもない、生贄だった少女が思いえがいている。


(すごいな、クロエ……)


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