第23話:王室行事
「エイデン様、もうご用事はお済みですか?」
椅子に腰掛けたエイデンに、クロエは声をかけた。
「ああ。人の手配を頼んできた。とりあえず、二人こっちに来てもらえそうだ。辺境での住み込みはなかなか厳しいな……。本腰を入れて地元で人を集めるか」
「エイデン様、私はそろそろ……。夕飯までには戻ると言ってありますので」
メイシーが立ち上がる。
「ああ、そうか。あまり話せなくてすまないな、メイシー」
「いえ、ご馳走様でした」
メイシーがにこりと微笑むとクロエを見た。
「私、東通りの仕立て屋にいるの。今度王都に来たら寄ってみて。話せて楽しかったわ、クロエ」
「私も……! また話したい」
「楽しみにしてるね。……頑張って、クロエ」
メイシーが手を振って出ていった。
「だいぶ仲良くなったようだな」
「はい! メイシーは優しくて、同じ境遇なのですごく話しやすくて……!」
メイシーのような素敵な友達ができて嬉しい。
(メイシーは黒い髪のことも気にしていなかった……)
そのことに今更ながら驚く。
「メイシーは気さくで明るい娘だ。生贄の娘たちの中でも一番しっかりしていて、女の子たちをよくまとめてくれた。新しい生活を楽しんでいるようでよかった」
「すごく感謝していました」
「そうか」
「それであの……メイシーたちは王都まで馬車で来たって」
クロエは気に掛かっていたことを口にした。
「ああ、長旅で大変だった。皆、すっかり疲れ果てて旅は
「じゃあ、見学のはずが……」
「ああ。いったん辺境に戻って考える、と言った娘はいなかった」
エイデンが苦笑する。
「では王宮に戻ろうか」
「え?」
「今晩は王宮に泊まる。客間を用意させるから安心しろ」
「お、王宮に……?」
「おまえは俺の婚約者なのだから、当然だろう」
立ち上がりかけたエイデンが真顔になった。
「そのことについては……夜ちゃんと話そう」
「は、はい」
クロエはドキドキしながら席をたった。
*
「
王宮に戻ったエイデンを、兄のアルバートが待ち構えていた。
「ああ、そうだ。もう忘れたのか? 明日は月に一度の拝謁式の日だ」
「いや、でも俺はもう辺境伯になったから……」
「第8王子であることは変わりない! 皆忙しくて出払っているんだよ! 王子といえど、せめて三人くらい揃えないと見栄えが悪い。ちょうど王都にいるんだから出ろ!」
「ええーー、俺、忙しいんだけどな」
うんざりした様子を隠しもしないエイデンが新鮮で、クロエは目を見張った。
いつも落ち着いているエイデンが、年齢よりずっと幼く見える。
(お兄様の前では『俺』になってしまうのね……)
兄に甘える弟としての一面を、クロエは微笑ましく見つめた。
「エイデン様、拝謁式ってなんですか?」
「王宮行事の一つで、国民への顔見せだよ。城門のバルコニーから手を振るだけだ」
「国を統治している者が健全とした姿を見せることによって国民は安心し――」
「はいはい。わかってるって。出ますよ」
エイデンが顔をしかめて手を振る。
「服はもう用意させている」
「手回し早いな」
アルバートがクロエに微笑みかける。
「クロエ嬢はまだ王族ではないから式に出なくとも構いませんが、そのあとのパレードには出席してくださいね」
「パ、パレード!?」
いきなり自分に
「こちらも顔見せの一環です。大通りを馬車に乗って手を振るんです」
「わ、私が!? そんな、恐れ多い――」
「堅苦しく考えないでください。気楽に。あ、今夜のパーティーにも出席をお願いしますね」
「パーティー!?」
次々と思いもよらない言葉が飛び出し、クロエの声も裏返る。
エイデンが髪をかき上げて宙を向く。
「ああ、パーティーか。そんなのもあったな。拝謁式前に定期的に
「王族としての責務だ」
「いや、だから俺は辺境伯なんだけど」
「貴族の集まりでもある」
「ああ、もう、わかったわかった!」
「服は用意してある」
「それもわかった!」
降参というようにエイデンが両手を上げた。
「しかし……クロエ嬢を連れていくとちょっとした騒ぎになりそうだな」
アルバートがにやりと笑う。
「ずっと恋人がいなかったおまえがいきなりパートナー連れだ。イザベラたちがどんな顔をするか見物だな」
「面白がるなよ、兄上」
エイデンが深々とため息をつく。
そんな二人の様子に、クロエは胸騒ぎがした。
(イザベラ様…… どなたのなのかしら)
(王族っていろいろ公式行事があって大変なのね……)
クロエは改めて、エイデンのことをまだ何も知らないと思い知った。
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