第22話:生贄の娘とエイデン
「ふふ、エイデン様は相変わらず面倒見がいいのね……」
メイシーが微笑ましそうにエイデンの後ろ姿を見送る。
「まずは注文しちゃおうか」
「あ、うん!」
「私はリンゴのパイと紅茶にする。これ、大好きなの! クロエは?」
「わ、私……」
メニューがたくさんあって目移りする。
「何か冷たくて甘い物を――」
「じゃあ、アイスクリームとババロアのセットはどう? すっきり甘くて美味しいわよ」
「う、うん、じゃあ、それにする」
「飲み物は? アイスティーでいい?」
メイシーが慣れた様子でてきぱきと注文してくれる。
「あ、ありがとう……」
「ううん、いいの。あなたはいつノースフェルドに来たの? 私たちより後よね?」
「え、ええ。期日を1ヶ月も過ぎてから送られて……」
「じゃあ、あなた一人だったんじゃない? 私は期日ちょうどに行ったから、他の女の子たちもいたのよ」
「そうなんだ!」
言われてみれば花嫁の儀のために集められたので、同じ時期に複数の女の子がいてもおかしくない。
「ねえ、びっくりしなかった? てっきり恐ろしい老人がいると思ったら、若い美男子がいて!」
「うん! 全然状況がわからなくて驚いたよ!」
同じ経験をした子と話せて、クロエは嬉しくなった。
あの恐ろしく不安な気持ち、そして驚きを分かち合える。
「あ、来た!」
テーブルの上にガラスの器が置かれる。
クロエはおそるおそるアイスクリームをすくった。
「!!」
「ね、美味しいでしょう?」
「わ、私初めて……」
「私もこのカフェで色々初めてのものを食べたよ。楽しくて幸せで……すっかり常連になっちゃった」
クロエはあっという間に食べ終え、アイスティーに口をつけた。
「王都ってすごいね……」
「ね! 私、一目で夢中になっちゃった。通いきれないほどお店がたくさんあって、全然飽きないの!」
メイシーがふっと遠い目になった。
「ノースフェルドに送られたときは、まさかこんな人生が待っているなんて思いもしなかったなあ……」
「うん……」
同じだ。死を覚悟していた自分が、王都のカフェでくつろいでいるなど信じられない。
「エイデン様に王都に連れてきてもらえて本当によかった……。大変だったけどね! 馬車で一週間の旅だったから」
「え?」
「腰が痛くなっちゃって。エイデン様が気遣って、旅先でちゃんとした宿を取ってくれたけど、やっぱり七日間の馬車旅はきつかった……」
その時のことを思い出したのか、メイシーが顔をしかめる。
「馬車で来たの?」
クロエは驚いて声を上げた。
「そうだよ? ここまで歩いてくるのは無理じゃない?」
「そ、そうよね……」
どうやら、あの王家の鍵を使って連れてきたのはクロエだけのようだ。
一瞬で移動した話をメイシーにしようか逡巡したが、自分でも説明できないのでやめておいた。
(魔道具を使って移動したとか、あまり話さないほうがいいかもしれないし……)
(でも、なぜ私のときは鍵を使ってくれたんだろう?)
おかげで楽に移動できたが、不思議だった。
(急ぎの用事があったからかな……きっとそうよね)
「あ、その指輪、エイデン様とお揃いじゃない!?」
「え、ええ。作ってもらったの」
「すごい! ずいぶん気に入られているのね」
メイシーが心底驚いたように目を見開く。
「そ、そうなのかな……?」
「王都に来たとき、露天商の指輪をねだって買ってもらっていた子もいたけど、お揃いの指輪を作ってもらったのってあなただけじゃない?」
「……」
確かに、最高祭司に作ってもらうなど、滅多にやらないはずだ。
(どうして……? なぜ、私だけ……?)
メイシーがテーブルに肘をついて微笑んだ。
「いいなあ。素敵よね、エイデン様」
「や、やっぱりそう思う?」
勢いこむと、メイシーがうなずく。
「王子なのに気さくで、私たちを見下したりせずに面倒を見てくれて……。好きになっちゃうよね」
「メ、メイシーも!?」
悲鳴のような声をあげてしまい、メイシーがふきだした。
「好き、って言っても私の場合は尊敬に近い好きだよ。だって、遠い存在すぎて恋愛対象に思えない」
「……」
(メイシーの言うとおりだ)
(私はエイデン様が優しくしてくれているから、調子に乗ってしまっている……)
(本来、王子様なんて手の届かない存在なのに)
「仕方がないことなんだけど、生贄の娘のなかにはエイデン様に夢中になって、すごく積極的に迫っていく子もいたわ」
「えっ!!」
「そりゃあ、生贄だと思っていたら、優しい王子様が待っていたなんて舞い上がっちゃうわよね」
「それで、どうなったの?」
「どうもならないよ。エイデン様は全員平等に扱っていたわ。ちゃんと一線を引いて私たちに接していた。結局、その子は相手にされなくて諦めて王都に行ったわ。まあ、辺境で生活していく覚悟はなかったみたいだし」
クロエはホッとした。
(弱っている女の子につけこんで、手をつけるような人ではないとわかっていたけれど……)
「エイデン様は一貫して、私たちに適度な距離を置いていた。親切だけど、必要以上には踏み込ませなかった。だから、ちょっとびっくりしたんだよね」
「えっ?」
「その指輪もだけど……あなたといる雰囲気がなんというか……私の知っているエイデン様と違うというか」
「それはその……今は形式だけ婚約者ってことになっているからかな……」
「は?」
驚くメイシーに、クロエは形だけの婚約者を名乗っていると話した。
「ええっ? それってどうなの? 都合がいいからって、わざわざ婚約者ってする? しかも王宮にまで行ったの!?」
「メイシーたちは王宮には……」
メイシーが大きく手を振る。
「行くわけないよ! 庶民が入れる場所じゃないでしょ! やっぱり特別なんだよ!」
「そ、そうかな……」
(少しうぬぼれてもいいのだろうか……)
先程まで沈んでいた心が浮上してくる。
「でも、王都に来たってことは、クロエもここで暮らすんでしょ?」
「ううん。私はノースフェルドに残りたいの。王都へは買い物に来ただけ」
「そうなの!? 辺境で暮らすのは大変じゃない?」
「でも、私、エイデン様のそばにいたいの」
同じ境遇だったせいか、メイシーには素直に言えた。
「そっかあ……本気なんだね、クロエ」
「話が弾んでいるようだな」
「エイデン様!」
二階に上がってきたエイデンが声をかけてきた。
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