第21話:カフェでの再会

 二人はその後も様々な店で買い物をし、クタクタになって広場のベンチに腰掛けた。

 座ると、疲労がどっと押し寄せる。


「……もう三時か。早いな」


 エイデンが中央広場にそびえたつ、塔のような時計を見上げる。


「リストにあったものは全部買えたか? さすがに疲れたな……」

「そうですね。品揃えがいいから、そのぶん悩んでしまって……」


 小さな町の買い物は物足りなさもあるが、選択肢がないぶん楽だった。

 他の店や物と比較したり、使い勝手を確認したり、とやるべきことが多かった。


「喉が渇いたな。小腹も空いたし、どこかで休もう」

「はい」


 村で毎日働きづめだったクロエは体力に自信があったが、ずいぶん頭が疲れてしまっていた。

 目に映るものすべてが新しく、情報過多になったようだ。


「冷たくて甘いものが食べたいです……」

「おお! いいな!」


 エイデンの顔がぱっと輝く。


「クロエが希望を言うとは珍しい!」

「厚かましくてすいません……」

「いや、おまえはもっと図々ずうずうしくなってくれ、頼むから。カフェならいい店がある」


 エイデンに連れられたのは、メイン通りから外れた裏路地にあるカフェだった。


「二階のテラス席は空いているか?」

「あ、エイデン様! どうぞ、すぐに席をご用意します!」


 どうやら顔見知りらしい店主が慌てて階段を駆け上がる。


「二階ですか?」

「ああ。いい天気だし、テラスは気持ちいいぞ」


 二階に上がると、客席にちらほらと女の子の姿がある。

 その奥に広いテラスがあった。

 店主がテーブルと椅子を用意してくれている。


「どうぞ、テラスは貸し切りにしましたから、ごゆっくり」

「気を遣わせてすまないな。貸し切り料をつけておいてくれ」

「いつもありがとうございます」


 クロエは勧められた席に座った。

 広々としたテラスからは城下町の賑わいが見える。

 見上げた空は青く広がっている。

 クロエは大きく息を吸った。


「素敵……」

「いい店だろう?」

「よく来るんですか?」

「ああ。他の生贄の娘たちも連れてきた」


 エイデンの何気なにげない言葉が胸をちくりと差す。


(そうだ……。他の子たちにも王都を案内したと話していたっけ……)

(このカフェも、他の娘たちと来たんだ……)


 せっかくカフェに連れてきてもらったというのに、クロエの心は驚くほど沈んでいった。


「どうした、クロエ。気分でも悪いのか?」

「い、いいえ、大丈夫です!」


 エイデンから渡されたメニューに目を落とす。


(こんなことで落ち込むなんて……)

(エイデン様はとてもよくしてくださっているのに……)

(厚かましい自分が嫌になる)

(自分だけ特別でいたいって思うなんて……)


「エイデン様!?」


 二階に上がってきた少女が声を上げる。

 クロエと同い年くらいの赤毛の女の子だ。


「おお! メイシー! 元気にしていたか」


 メイシーと呼ばれた少女はおっとりと微笑んだ。


「はい。エイデン様のおかげです。連れてきていただいたこのカフェ、すっかりお気に入りになっちゃって……」

「そうか。こっちに座れ」

「お邪魔します」


 メイシーが軽く一礼すると、テーブルについた。


「こっちはクロエ。おまえと同じ生贄の娘だ」

「やっぱり! そうだと思いました」


 メイシーがにこりと微笑みかけてくる。


「初めまして、クロエ」

「あっ、どっ、どうも。よろしくメイシー」


 メイシーは生贄の娘だと言われなければわからないほど、明るく人懐ひとなつっこかった。


(王都に来て1ヶ月くらいだろうに……)

(すごく生き生きしている……)


 そんなメイシーを、エイデンが優しく見つめる。


「どうだ、新しい生活は」

「はい、すっかり新しい職場にも馴染んで……仕事も任せてもらえるようになりました」

「メイシーはお針子をやっているんだ」

「服を作るのが好きなの……。それでエイデン様に仕立てのお店を紹介してもらって働いているの」

「すごいね……」


 クロエも破れた服を繕うことはできるが、一から服を作ったことはない。


「今日は仕事は?」

「お休みなんです。だから買い物に来て、疲れたのでカフェに入ったらエイデン様がいてびっくり」

「下宿先の夫婦はどうだ?」

「とても可愛がってくれています。お子さんがとつがれて寂しかったみたいで。ご飯もとても美味しくて……!」

「そうか、よかった」


「あの、お家賃はタダだと聞きました。エイデン様が……?」

「ああ。生活が軌道きどうに乗るまで援助をする」

「ありがとうございます! ほんと、助かります」

「暮らし始めは何かと入り用だろうからな」


 そのとき、エイデンが町を見下ろしながら立ち上がった。


「おっ、知り合いだ。ちょっと挨拶してくる。二人はゆっくりしてろ。好きなものを注文していい。支払いは気にするな」

「は、はい……!」


 二人きりになり、クロエはメイシーに向き直った。

 自分の先輩のような立場の彼女に、いろいろ聞いてみたいことがあった。

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