第20話:城下町で買い物

 何かを振り払うかのように早足で歩くエイデンについていくので必死だったクロエは、いつの間にか王宮を出ていることに気づいた。


「えっ?」


 クロエは慌てて振り返った。

 見上げるような立派な城門がすぐ背後にある。


「この道をまっすぐ行けば城下町が広がる。行くぞ」

「あっ、はい」


 エイデンは王子なので、誰にも見咎みとがめられることなく王宮をあっさり通り抜けてしまったらしい。


(今、私、王都にいるんだ……!)


 クロエは夢見心地で舗装された石畳を歩いた。


「うわ……」


 橋を渡って堀を抜けると、目の前に城下町が広がる。

 先が見えないほど遠くまで店がつらなっている。

 それはこれまで行った町とは比べものにならない規模だった。

 道には人がひしめき合い、気を抜けばぶつかってしまいそうだ。


「な、なんですか、これ。お祭りでもあるのですか?」

「いや、普通の人出だ」

「これが……!」


 こんなにも大勢の人が集まる場所に来るのは初めてだ。

 クロエは道行く人に興味津々で目をやった。


(見たことのない顔立ちの人がいる……)


 他国の人もいるのか、服装も髪色も様々だ。


(黒い髪の人もいる……!)

(村では目立っていたけど、ここでは全然だ……。私も風景に馴染んでいるだろうか……)


 かたわらのエイデンを見やった。

 長身のエイデンは大勢の人がいても埋もれない。

 そして、輝く金色の髪と整った美貌はどこにいても目を引くのか、先程からすれ違う人たちがちらちらエイデンを振り返っている。


「どうした、クロエ。疲れたか?」

「いえ、大丈夫です」


 クロエは慌てて目をそらせた。凝視してしまった。


「……この城下町はどこまで続くんですか? 全然出口が見えないですが」

「そうだな。この前行った町のざっと10倍はあるかな。いや、もっとか」

「そ、そんなに!」

「全部の店を見ていくなら、一日ではとても足りないよ」


 エイデンの言葉に、国で一番規模が大きく人が集まっている場所なのだと実感する。

 クロエはどこから見ていいかわからず、コマのようにくるくる体を回転させながら歩いた。


「クロエ……落ち着け」

「だって、どこを見ても珍しい店ばかりで! どこからどう見たら――」


 目を輝かせるクロエを、エイデンが微笑ましそうに見つめる。


「そうだな。花の苗を見にいくか?」

「そうですね……。あっ、カーテンとシーツが見たいです! じゅうたんも!」

「そうだな。ボロボロだもんな……」


 一応洗濯はしているが、シーツもカーテンもいたみが目立っている。

 肌触りもよくないし、何よりいつ破けてしまうかとヒヤヒヤする。


「とにかく部屋数が多いので一度に全部交換は大変ですが、使用している部屋のものは新しくしていいかと!」

「カタログを見るだけではわからないからな。いい機会だ。見にいこう」

「はい!」


 これほど広い町だというのに全部頭に入っているのか、エイデンはすいすいと人混みを縫うように進んでいく。

 おかげであっさりとリネン類が置いてある店に着いた。


「エイデン様はすべての道と店を覚えているのですか?」

「だいたいな。城下町のことはすべて把握しておきたい。時間があるときは、ずっと町を歩いていた」

「すごいですね……」


 二人はドアを開けて店の中に入った。


「ああっ、タオルもあります! タオルも交換したいです!」


 目の色を変えて棚に向かうクロエに、エイデンが苦笑する。


「クロエ、好きなものを選んでくれ。全部王宮に届けてもらうから安心して買い物をしろ」

「はい!」


 一つ一つ手触りを試し、シーツとタオルを予備も含めてたくさん購入した。


「これで一安心ですね」

「次は何を見るかな。服はどうだ? ドレスの店もたくさんあるぞ」

「それより作業着が欲しいです。ケランに借りているので申し訳なくて……。あっ、ケランの分も買ってもいいですか?」

「ああ、構わない。そうだな、あいつにも必要なものを聞いておけばよかったな」

「もう聞いてあります」


 クロエはさっと鞄からノートを取り出した。


「王都に行くと聞いたので、ケランと相談して必要なものをざっと書き出しました」


 王都にいる時間は限られている。

 効率よく回れるよう、あらかじめ買い物リストを作成しておいたのだ。


「すごいな! 見せてくれ」


 エイデンにノートを渡すと複雑な表情になった。


「食器、掃除道具、作業用の道具、厩舎用の道具……おまえのものが全然ないぞ!」

「私は別に……お部屋に用意してもらったもので充分です」

「いや……何かあるだろう。新しい靴や髪留め、化粧品は?」

「特に……」

「いや、何か買え。おまえが選べないなら俺がプレゼントする!」


 なぜかエイデンが強く主張する。


「いえ、もう指輪を作っていただいていますし」


 さくっと断ると、エイデンがぐっとつまった。


「わかった。では、とりあえずこのノートにあるものを買っていこう」


 なぜエイデンが深々とため息をつくのか、クロエはよくわからなかった。

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