第19話:指輪作り

 アルバートと別れると、エイデンがこそっと囁いてくる。


「すまない、クロエ。まさかいきなり兄上に会うとは思わなかった」

「い、いえ……」


 まさかこんなふうに王子と話すことになるとは思わず、王宮に来てからずっと驚きっぱなしだ。


「じゃあ、こっちだ」


 動揺しているクロエを気遣うように、エイデンがそっと手をとってくれる。

 エイデンの大きな手に包まれると、不思議と心が落ち着いてきた。


(大丈夫……エイデン様がそばにいてくれているんだから……)


 エイデンに連れられて歩いていると、信じられないほど王宮が広いのがわかる。

 あちこちに廊下や階段があり、時には中庭まで出てくる。

 そんな迷宮のような王宮のなかを、エイデンは迷いのない足取りですいすい歩いていく。


(そうよね、だって自分の生まれ育った家だもの……)


 いくつも廊下を曲がり、階段を下りたり上がったりして、エイデンはようやく足を止めた。


「ここは王宮でも最奥の部屋だ」


 見事な紋章が描かれた白いドアをノックをする。


「エイデンだ。いるか、バージル!」


 するとドアがひとりでに開いた。


「……どうぞ、エイデン様」


 ドキドキしながら足を踏み入れると、床も壁も真っ白の部屋が広がっていた。

 奥に祭司のローブを着たほっそりした若い男性が立っている。

 男性には珍しい腰よりも長い銀色の髪を、後ろにひとまとめにしていた。

 バージルと呼ばれた男の色の薄い目がクロエを鋭くとらえる。

 見慣れない少女に警戒しているようだ。


「エイデン様、そちらの女性は?」

「俺の婚約者だ。クロエ、王宮の最高祭司、バージルだ」

「は、初めまして!」


 クロエは慌てて頭を下げた。

 最高祭司――役職から想像するよりずっと若い男性だ。きっと優秀なのだろう。


(祭司……神の声を聞き、人々と神を繋ぐもの……)


 久しぶりに妹のマデリーンを思い出した。


(私とは違う、特別な能力のある人……)


「お久しぶりです、エイデン様。なかなか帰ってこられないから、皆寂しがっていますよ」

「前任者の後始末に追われていてな……。なかなか戻れなかった」

「今日はどのようなご用事で?」

王石おうせきで指輪を作ってもらいたい。なにぶん領地が広くてな。クロエの居場所をすぐ確認できるようにしたい」

「なるほど、承知致しました。クロエ様、こちらに」


 バージルがにこりともせず、手を差し出してくる。

 クロエはおそるおそる近づいた。


「左手を出してください」


 クロエの差し出した手の指に、バージルが銀色の指輪をつける。

 ひんやりとした感触に、クロエはびくりとした。


「うん、この指輪がちょうど良さそうですね」


 どうやらサイズの確認をしたらしい。

 バージルが小さな赤い石を箱から取り出す。


「クロエ様、この石を握ってもらえますか」


 バージルが淡々と指示を出す。


「は、はい」


 何が起こっているのかわからないまま、クロエは指示に従った。


「この者、王家につらなる者」


 バージルがそう呟くと、何やら古代語らしき呪文を唱え出す。


「あっ」


 石がほんのり熱を帯びた。

 ほんのり温かい塊が手の中にある。


「これで終わりです。石があなたを認識しました」


 クロエが石を返すと、バージルが石を銀の指輪にはめこむ。


「では、この指輪を左手の薬指につけてください」

「は、はい……」


 赤い石がきらめく指輪をそっとつける。


「わあ……」


 指輪をはめたのは初めてだ。

 薬指に光る美しい赤い石に心が浮き立つ。


「貴重なものです。なくさないようお気をつけください」

「わ、わかりました」


 エイデンがそっとクロエの肩に手を置く。


「その指輪はおまえのものだ。バージル、ありがとう」

「いえ。何かございましたら遠慮なく」


 素っ気ない口調だったが、エイデンと話すときは少し口調に温かみが混じる。

 必要最小限の会話だったが、ふたりが親しい間柄だとなんとなく感じた。

 部屋を出ると、クロエはこらえきれずエイデンに尋ねた。


「あ、あの、この指輪はどういう――」

「王石は王家の者と神を繋ぐ魔道具だ。石におまえを認識させたから、指輪をつけてさえいれば、おまえの場所がわかる」


 エイデンが左手の薬指を見せる。


「あ――」


 エイデンの指には、クロエのものと同じ赤い石をつけた指輪がつけられていた。


「相手を探したいと念じれば、石が光って方向を教えてくれる。あの城は広すぎて、お互いの居場所を把握するのは大変だろう? これがあれば便利だと思ってな」

「……」

「どうした、そんな顔をして」


 ぽかんと口を開けたクロエにエイデンが首を傾げる。


「……探すのに便利だから魔道具を使う……? 王家に連なる者って……私みたいな部外者を! こんな貴重なもの、いただけません!」


 王宮の最高祭司に魔道具まで作らせるという事の重大さに、クロエは震え上がった。


「こ、婚約者って形だけなのに……!」

「私は別に形だけでなくても……」


 言いかけたエイデンがハッとしたように口を押さえた。


「えっ……?」


 クロエは耳を疑った。


(今、なんて……?)


 クロエの驚愕の表情に、エイデンは狼狽ろうばいしたように目をそらせた。


「いや、その……何でもない。おまえは何も心配しなくていい」


 エイデンは早口でまくしたてるときびすを返した。


「さあ、町に出よう。今日は見るものがたくさんある」

「は、はい」


 胸の高鳴りが収まらない。


(今、言いかけたことって……まさかね)


 ドキドキしながらクロエはエイデンの後をついていった。

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