第11話:クロエの提案

「エイデン様!」


 城に戻ったクロエはエイデンを探して、城内を歩き回る羽目になった。

 とにかく人がいないので、誰に聞くこともできない。

 手当たり次第、部屋を確認していく羽目になる。


(城内の地図がほしい……そうだ、自分で作ればいいのよ!)


 クロエはもらったノートにペンで一つずつ部屋を書きつらねていった。


「ええっと、ここが図書室で……わあ! すごい。こんなにたくさん蔵書が!」


 無人の図書室に足を踏み入れ、本に手を触れる。


「うわっ……」


 本に降り積もった埃が舞い、クロエは顔をしかめた。

 換気もされていなかったのだろう。

 部屋はかび臭くすえた匂いが充満している。


「ここも全然使われていなかったのね……」


 他の娘たちも興味がなかったようで、図書室は倉庫と化していた。


(もったいないなあ……時間があったら整理ついでに読んでみたい……)


 クロエは本が好きだったが、贅沢品だと買ってもらえず家にある本を繰り返し読んだり、人から借りたりしていた。

 本が好きに読めると思うとわくわくする。

 今すぐ図書室を整理したい気持ちをおさえ、クロエは外に出た。


「エイデン様! どちらですか!」


 クロエは叫びながら廊下を進んだ。

 果てしない行程がいつまで続くのかと疲弊してきたとき、一つのドアが開いた。


「ここだ、クロエ」


 エイデンが金色の髪を揺らせながら顔を出す。

 クロエはホッとして駆け寄った。


「よかった! 全然見つからなくて」

「午前中はだいたいこの執務室にいるんだ。そうだな、こうも広いと急用の時に困るな。階段の手すりに小さな黒板を立てかけておくのはどうだ。通るたび、今どこに向かうのかお互い書き記せば少しはマシだろう」

「いいですね!」


 だいたいの当たりを付けられるのはありがたい。


「執務室で話そう。ん? 少し汗をかいてるな。庭は広くて大変だっただろう。水があるから飲め」


 執務室は大きな窓から明るい日差しが差し込んでいた。

 大きな作業用の机の前に、応接セットが置かれている。

 クロエはソファに座り、水をもらった。


「庭はどうだった?」

「長い間放置されていて、荒れ果てていました……」

「だろうな。私がここに来たときは、厨房以外は埃をかぶっている状態だった。庭などして知るべしといったところだろう。ケランと一緒に片付けて掃除をして、最低限住めるようになるまで一週間かかった」


 深々したため息が、エイデンの苦労を物語っている。


「それで、お庭なんですけど……私が手入れしてもいいでしょうか?」

「ああ、構わないが……おまえにできるのか? 令嬢だったのだろう? 力仕事だぞ」

「で、できます! 私、なんでも……畑仕事も洗濯も掃除も……!」

「わ、わかったから落ち着け」


 クロエの必死のアピールに、エイデンが気圧けおされたように手を振った。


「どうした。なぜそんなに必死になる。まだ旅の疲れもとれていないだろうに……」

「……ここに置いてもらいたいんです」


 クロエは膝の上に置いた手をぎゅっと握った。


「好きなだけいていいんだ。別に対価を払う必要はない。前任者とはいえ辺境伯のために、おまえは自分の生活を犠牲にしたのだ。ちゃんと最後まで辺境伯を引き継いだ私が面倒を見る」

「でも……」


(責任をとってほしいわけじゃない。私は自分の居場所を作りたい。ケランのように当たり前にそばにいて役に立ちたい)


 だが、本音を口にするのははばかられた。

 自分の立場を笠に着て、要求を通そうとしているように思われるのは嫌だった。


「自由にしていいのなら、働きたいです!」

「そうか」

「それで私、考えたのですが!」


 クロエはノートを広げた。


「まずはこの城の玄関から城門までの道を整えるのはどうでしょう? 今は足場もガタガタですし、雑草が伸び放題で荒涼としています」

「ふむ……」

「たとえば、雑草を抜いて適宜てきぎレンガで道を補修しつつ、両脇に花を植えるのはいかがですか? 歩くのに邪魔にならない、地面を覆ってくれる丈夫な植物があるんです。花に囲まれた整備された道があるだけで、城に入ってきたときに目に映る光景がぐっと明るくなると思うんです!」


「なるほどな……。確かに城門をくぐると荒れ果てた景色が広がるからな……」

「最初の印象は大事です! 道に敷くのはレンガではなく石でもいいのですが、何かご希望はありますか?」

「いや、すべておまえに任せる。どうやら、おまえの頭の中には確たるイメージがあるようだからな。植物のことも何もわからないし」

「あ、ありがとうございます!」


 全面的に任されて喜びが込み上げる。


「それから、庭にある小屋を見てみたのですが、めぼしいものはなく、道具はボロボロで……」

「何が必要だ」

「道を掘り返したりするためのシャベル、スコップ、水やりの道具、庭仕事用の手袋、敷きレンガ、それから花の種と苗、肥料です」


 すらすら話すクロエに、エイデンが感心したように微笑んだ。


「では、町に行って手配しよう。ついでに昼ご飯も町で食べるか」

「は、はい!」


 一緒に出かけられると知って、クロエは声を弾ませた。

 たとえ用事のついででも、エイデンのそばにいられるのは嬉しい。


「じゃあ、ケランに馬車を用意してもらって、料理人には夜の用意だけでいいと伝えなければ」


 ふたりは顔を見合わせた。


「私……ケランに伝えてきます。さっき城壁のチェックをしていたので外にいるかと」

「では、私は厨房に行くか。……本当に人が全然足りないな。今度王都に行ったときに住み込みで来てくれる者を探さなくては」


 エイデンがはあ、っとため息をつく。


「人の手配が一番面倒なのだがな……仕方ない」

「あのっ、私ができるだけ何でもやりますので!」


 元気を出してほしくて言ったのだが、エイデンが呆れ顔になる。


「おまえは本当に働き過ぎだ。もっと休んでくれ……」

「す、すみません!」


 どうやらエイデンを困らせてしまったようだ。

 クロエは顔を赤らめた。


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