第12話:町へ買い物

「じゃあ、行きますよ」


 ケランが御者ぎょしゃ台によじのぼる。

 クロエはエイデンとともに馬車に乗り込んだ。

 玄関で待っていると、立派な屋根付きの黒塗りの馬車が出てきてクロエは内心驚いていた。


(さすが王子様! こんな豪華な馬車に乗るのは初めて……)


 馬車の中はゆったりしており、並んで座ることができた。


「ケランは馬車も操れるんですね」

「ああ。本当に助かる……。馬の世話も慣れていてな。全部任せている」

「ケランは拾われた、と言っていましたが……どういう経緯でここに?」

「どうも家出をしてきたらしくてな。城の片隅にこっそり住み着いていたんだ」

「ええっ!」


 思いがけない返答だった。


「行き場がない、家には帰らないと言い張るので、ここに置いている」

「ケランは何歳なんですか?」

「十七歳だ」


 またしても意外な返答に、声を上げてしまう。


「ええっ! てっきり十四、五歳くらいかと」


 ケランは小柄で痩せているせいか、年齢よりずっと幼く見えた。

 だが、彼の落ち着いた態度や有能さを考えると、同じ年くらいと聞いて納得する節もある。


「私も最初はそのくらいだと思って保護せねばと思ったが……まあ、あいつがいてくれて助かったよ。ケランがいないとどうなっていたか、考えるだけでもぞっとする」


 しみじみとエイデンが口にする。


(いいなあ! 私もそんなこと言われてみたい!)


 うらやましさに胸がはち切れそうになる。


(私も頑張らないと!)


 決意を新たに口を引き結んだクロエを、エイデンが心配そうに見つめる。

 馬車で五分ほど走ると町が見えてきた。


「わあ……」


 こぢんまりした町が見えてきた。

 ケランが町外れに馬車を止める。


「じゃあ、ケランは敷きレンガを手配してきてくれ。クロエ、数は?」

「できれば三百個くらい……」


 玄関から城門までかなり道のりがある。

 補修部分だけ、なおかつ目地めじを多めにとって間に植物を植えるにしても、これくらいは欲しい。

 余ったら庭園の小径こみちにも流用できる。


「三百個か。一度には厳しいかもな。ケラン、任せた」

「はい。では扱っている商店に行ってきます」


 慣れた様子のケランと別れ、ふたりは町の中央にある市場へ足を踏み入れた。

 市場は大勢の人で賑わっている。


「うわあ……色々売ってますね!」


 野菜や肉などの生鮮食品から、ジャムなどの加工食品やパン、チーズなどいろいろな食べ物が並んでいる。

 服や布類、雑貨も置かれていて、生活必需品は全部揃いそうだ。

 久しぶりの市場に、クロエは目移りした。

 中にはクロエが見たことのない、この地方独自の品物もある。

 そのとき、可愛らしいお菓子が目についた。


「可愛いカップケーキ!」


 声を上げると、エイデンが足を止めた。


「買って帰るか」

「いいんですか!」


 驚くクロエに、エイデンがぷっとふきだす。


「もちろんだ。ケランの分も買うか。あいつも甘いものが好きだ。それはそうと腹が減ったな。何か食べたいものはあるか?」

「えっと……何があるのか、よくわかりません……」

「この先にある食堂がなかなか美味いんだ。そこでいいか?」

「はい!」


 人混みを縫うようにして、クロエはエイデンの隣を歩いた。


(初めての場所だけど……エイデン様と一緒だったら全然怖くない)


 エイデンは町にいても変わらない。

 落ち着き払い、リラックスした態度のままだ。


「あっ!」


 エイデンに見とれていたクロエはつまずいてしまった。

 つんのめったクロエの腕をエイデンがつかむ。


「大丈夫か?」

「は、はい、すいません。ぼうっとしていて……」

「疲れが出たのではないか?」


 エイデンが心配げに顔を覗き込んでくる。


「いえ、大丈夫です!!」


 ことさら元気そうに言うと、エイデンがひじを曲げてきた。


「つかまっていろ」

「え?」

「人も多いし心配だ。寄りかかっていいぞ」


 クロエはおそるおそるエイデンの肘に手を回した。

 こんな風に男性にエスコートされるのは初めてだった。

 エイデンがフッと微笑む。


「食堂はもうすぐだ」


 赤くなっているであろう顔を見られないよう、クロエはうつむき加減で歩き出した。



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