第14話:顧客その2〝竜閃、ヤキチ〟②


 結論から言うと、俺は今回の依頼に関して大いに苦戦していた。


「中層、深層の魔物を一撃で倒しつつ、何かで相殺できるデメリットが全く思い浮かばない! それにヒサクラの剣は高すぎて実験しづらい!」


 俺はクオンに出してもらった見積書を見て、思わずそう叫んでしまった。


「リギル、ヒサクラではこの剣を刀と呼ぶそうだぞ」


 クオンが暇そうにカウンターに肘をつきながら、悪戦苦闘している俺を見てニヤけていた。


 くそ、他人事だと思って。とにかく、この刀ってやつは本当に高い。どれぐらい高いかというと、一本でこの店の家賃を一年分払えるぐらいに高い。


「なんでこんなに高いんだ。ぼったくってないか?」


 俺は思わずそう疑ってしまう。


「そんなわけあるか。そもそも刀はこのラゼでも打てる職人がほとんどいなくてな。出回っているのは専らヒサクラからの輸入品だ。その上、刀は美術品としての側面があるから、どうしてもそういう好事家向けのやつしか入ってこないんだよ。だから高いの」


 そう理路整然と言われると、反論する余地がない。


「ううむ……困ったなあ」


 別の武器種で試すという方法もあるのだが、俺のここまでの経験上、武器種によって付けられる呪いが違うので、あまり意味がないのだ。


「そもそも、どんな効果を付けるかもまだ決まってないもんねえ」

「最初は、〝強烈な一撃を放てる〟ってメリットにして、それに釣り合うデメリットにすればいいと思ったのだが……」


 なんとなく自分の中でしっくりこない。おそらくだが、あの細く長い、一見すると折れてしまいそうな刀身で強烈な一撃を放つというイメージが、俺の中で上手くできていないせいかもしれない。


 例えば、俺の魔剣化したロングソードでの一撃。

 例えば、イフリの魔剣による一撃。


 あれらとはまるでイメージが違うのだ。


「やっぱりさ、あれじゃない? 一回ヤキチが戦っているところを見るしかないんじゃない?」

「まあ、そうなるよな」


 仕方ないとばかりに、俺は立ち上がった。幸い、ヤキチの住んでいる宿については予め聞いている。


「じゃあ、ちょっと行ってくるよ。軽くダンジョンであいつの戦いっぷりを見てくる」

「了解。私は、ちょっと実験に使える刀がないか探しておくよ。実はちょっと思い出したことがあってね。上手くいったら、刀が安く大量に手に入るかもしれない」

「そうなると助かるな」

「じゃあ、いってらっしゃい。気を付けてね」

「おう」


 そうして俺は店を出て、ヤキチが住むという宿に向かったのだった。



***


 その宿は冒険者街ともいうべきラザの最下層の上にある、下層の寂れた路地裏にあった。


 いかにもな安宿で、安い代わりにかなり治安が悪そうな雰囲気である。


 現にどう見ても裏社会の人間としか思えない、武器を携えた連中が廊下の半ばにある扉の前で、騒いでいる。


「おーい、おるのは分かってるんやで~」

「はよ、金返せや!」

「いつまでも逃げられると思ったら大間違いやぞ!」


 いかにもな三人組が、薄っぺらい扉をドンドン叩いている。おそらく借金取りの類いだろうが、出来る限り関わり合いたくない連中だ。


 俺は連中を無視して、ヤキチの部屋を探す。


「ええっと、六号室はどこだ?」


 俺が廊下の手前から順番に扉に書かれている番号を見る。

 ふむ、この並びだと六号室は……。


「おい、開けろ!」

「こらあ!」

「もうええ、お前ら壊してまえ」


 何度確認しても、あの三人組が蹴破ろうとしている扉が六号室なんだよなあ……。


「おいおい……勘弁してくれ」


 まさかヤキチのやつ、あんな連中から金を借りていたのか? 出会った時に行き倒れていたのも、金がないせいだったのか。


 いやでも、金のアテはあるとか言っていたが……。


「参ったな」


 出直すか、と思っている間に三人組が扉を壊して部屋の中へと乱入する。


「やっぱりいやがったてめえ!」

「往生せえや!」

「殺したらあかんで~。手足の数本は斬ってもええけど」


 部屋から聞こえてくる、騒々しい音に俺はため息をついた。

 こうなるともはや依頼もへったくれもない。


 一度ああいう連中と関わりになると、それを弱味に死ぬまで搾り取られることを俺はよく知っている。


 なので申し訳ないが、こうなると俺にできることはない。


 帰るか……と背を向けようとした時。


「あ、てめえ! 逃げるな!」


 一人の青年が扉から廊下へと飛び出し、それから一目散に廊下の奥へと走っていく。着流しに腰の刀。


 間違いなくヤキチだ。それを追うようにあの三人組も廊下へと出てくる。


「アホちゃうか自分、そっちは行き止まりやぞ!」


 三人組の中でもリーダー格っぽい男が、ヤキチへとそう叫んだ。

 確かに外へと出るなら、そっちではなく俺の方に来るべきだった。


 いや、来られても困るが。


「しまった……って、お、リギル殿じゃないか!」


 ヤキチが俺の姿を見て、声を上げる。

 馬鹿野郎! 名前を呼ぶな!


「あん? なんや、あっちの奴は仲間か」


 リーダー格の男がぎろりと俺を睨む。


 いや俺、違います!


 と言ってもきっと無駄なんだろうなあ……。


「あっちのオッサンも掠うで」

「うっす」


 ほら、何も言っていないのにもう俺まで巻き込まれている。


「これは困った……リギル殿、どうすればいい!?」


 なんてヤキチが言うので、俺は思わずため息をついてしまう。

 

「逃げるしかないだろ……」

「ふむ。ならば、こやつらが――


 ヤキチから放たれた膨大な殺気が廊下を満たしていく。

 悪寒が全身に伝わり、俺は動くことができなかった。


「やんのかこら!」

「ぶっ殺すぞ!」

「もうええ――〝焦熱球〟」 


 リーダー格の男の左右の手の上に、燃え爆ぜる火球が生成される。


 おいおい、こんなところで魔術を放つ気か!?


 俺が驚いている間に、二つの火球がヤキチへと放たれた。


「ヤキチ!」


 思わず俺はそう叫んでしまう。

 この狭い廊下で二つの火球を避けることは不可能に近く、当たれば致命傷だ。


 しかしヤキチが刀の鞘と柄を掴み、腰を沈めた次の瞬間。


「へ?」


 ダンッ! という床を蹴る音が響き――姿


「バカが! どんだけ速くても火球は避――」

「……っ!? ちゃう! 上や!」


 その言葉で俺が視線を天井に移すと、ヤキチは刀を鞘に入れた構えのまま、天井に逆さに着地していた。


 彼の下を火球が通り過ぎ、廊下の壁にぶつかり爆ぜる。


「辰巳流居合術、弐式――〝竜江山たつえやまおろし〟」


 爆音と同時にヤキチが天井を蹴って加速。


 俺が目で追えたのは、そこまでだった。


「え?」

「は?」

「……クソが」


 次の瞬間、三人組から血しぶきが舞う。


 それはなんというか、あまりに非現実な光景だった。


 なんだ、何が起こった!? 


 キンッ、という涼しげな金属音が俺の横で響き、我に帰る。

 ヤキチはいつの間にか俺の横に立っており、刀は鞘に収まったままだ。


 嘘だろ……? いつの間に刀を抜き、そして納刀したんだ……?


「行こう、リギル殿。心配せずとも、命までは取っていない」

「あ、ああ」


 俺はわけの分からないまま、ヤキチと共にその宿から逃げ出したのだった。

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