第15話:顧客その2〝竜閃、ヤキチ〟③
俺とヤキチは下層街を駆け抜け、気付けば中層のすぐ下にある展望台へとやってきていた。
そこは前の街長が住民の憩いの地として巨額な予算を投じて整備した場所なのだが、下層という立地とアクセスの悪さで平日の昼間でも閑散としている。
「ハア……ハア……もうこの辺りまで逃げれば大丈夫だろ……ちょっと休憩させてくれ……」
俺が息絶え絶えで前を行くヤキチの肩を掴んだ。
「む、すまない。ところでここはどこだ」
ようやく足を止めたヤキチが、今気付いたとばかりにキョロキョロと辺りを見回しはじめたので俺はため息をつく。
「いや、知らずに逃げてきたのか」
「この街の構造はサッパリわからん。ダンジョンに逃げるつもりだったのだが」
「全く逆方向じゃねえか」
「そうか……」
こいつ、さては方向音痴だな? よくこの感じで地下十階まで辿り着けたな……。
「ここは展望台だよ。ほら」
俺が展望台の柵へともたれかかって、下を指差した。
「あそこがダンジョン。その周囲に広がっているのが最下層の冒険者街」
「ほう……やはり奇っ怪な構造をしている。そもそも火山の火口に街を作るなど、正気の沙汰とは思えぬ」
ヤキチが街を一望して、眉をひそめる。
「ああ、ヒサクラは火山多いもんな。この火山は死火山だから問題ないさ。というかマグマの代わりにダンジョンが広がっているからな」
「誰が作ったのだ、そのダンジョンとやらは」
「ん? 作った?」
「そうではないのか? ダンジョンの一部は明らかに人工物のようだったが」
そうか。他国から来たものからすると、そういう感覚なのか。
「俺も詳しくはないが、ダンジョンは人工物ではないよ――あれは乱暴に言うと、一つの生物だ」
「生物? あれが?」
「そう考えるとしっくりくることが多過ぎるから、暫定的にそう結論づけられている」
「内部の人工物は?」
「かつてダンジョンが食べた物の名残、らしい」
「全く意味が分からない」
ヤキチがわけが分からないとばかりに、首を小さく横に振った。
「心配するな、俺もよく分かっていないし、多分冒険者のほとんどがそうだ」
俺は苦笑しながら、煙草を取り出して火をつける。
「つまり、冒険者は巨大な生物の体の中を探索しているというのか。自ら巨獣の口に飛び込んでいるわけか。狂気だな」
「そういうことになるね。あの入口が口である保証は一切ないが」
「……それはなんか嫌だな」
何かを想像して顔を歪ませたヤキチを見て、俺は笑ってしまう。新人冒険者にこれを言うと、大体そういう顔をする。
そうやってしばらく無言で景色を眺めていると、ヤキチが俺へと頭を下げてきた。
「巻き込んですまない、リギル殿」
「ん? ああ……正直困るよ、ああいう時に名前を出されると」
「すまない」
「過ぎたことはしょうがないが……うーん」
あの三人組を斬ってしまった以上、ヤキチもタダでは済まないし、きっと俺も関係者だと思われるだろう。
かなりめんどくさい事態になりつつある。
「それで、ヤキチはなんで借金取りなんかに追われているんだ。金ならあるって言っていなかったか。悪いが、金がないなら依頼は取り下げてもらうしかないが」
「いや、金ならあるんだ。だが奴らに払う義理はない」
「どういうことだよ」
俺がそう問うと、ヤキチがポツポツと語り始めた。
「俺がこの街へと来ようと思って旅をしていた時、助けてくれた親子がいてな。その親子のおかげで、この街に辿り着けたと言ってもいい。ここに着いてから、彼らに感謝を伝えたところ、金に困っていると言われた」
ヤキチの方向音痴っぷりを見るに、この街に来るまでの道中が相当に大変だったのは想像に難くない。
「それで?」
「俺は快く金を貸すと申し出た。すると、現れたのはあの三人組だった」
「……嵌められたな」
「俺はわけも分からず、そいつらに少なくない金額を渡した。だが、奴らは、それでは三分の一にも満たないと言われた。話が違うとその親子に訴えようとしたら、彼らの姿は消えていた」
「だろうね……借金の肩代わりをさせられたんだな」
ヤキチはまだ少ししか接していないが、それでもかなり脇の甘いの男だと分かる。おそらく旅を共にしてその親子もそれに気付き、利用することを思い付いたのだろう。
借金取りからすれば、金を払ってくれれば誰でもいいわけだ。もしかしたら、その親子と借金取りはグルだったかもしれない。
いずれにせよ、ヤキチは騙されたのだ。
「で、逃げ回っていたのか」
「そうだ。手元の金もなくなってしまって、食べるに困ったのでとりあえずダンジョンに潜ってみた。なんせ冒険者にはダンジョン探索用の食料が支給されると聞いてな」
「まああれもタダではないんだがな……なるほど、それで無謀にも一人でダンジョンに挑戦したわけか」
その後、ダンジョン攻略は上手く行かず(俺からすれば地下十階までいけただけで大成功だが)、姉であるユナを頼った結果、俺を紹介されたわけか。
「事情は分かった。だが騙されたからと言って、奴らが諦めるとは思えないな」
「分かっている。だがどうすればいいか、皆目見当がつかない」
ヤキチがため息をつき、柵へともたれかかる。
「ま、これ以上金は払わない方がいい。どうせ適当な理由をつけて、金額がどんどん増えていくだけだ」
「だが、しつこく追い掛けてくるぞ」
だろうね。あんまり大事になると、奴らはダンジョンの中まで追ってくるからな。
「はあ……仕方ない、行くぞ」
俺は煙草を消して、ヤキチの肩を叩いた。
「行くって、どこへ」
「話をつけに、だよ。もはや俺も他人事じゃないからな」
「話して解決する問題なのか?」
「やり方次第だ」
非常に気は進まないが、仕方ない。
「魔剣とやらはいいのか。俺の為に作るという話だったが」
「それどころじゃないが、偶然にもそのヒントは得られるかもしれない相手だ」
俺は展望台に背を向けて、再び下層へと向かって歩き始めた。
「どういうことだ?」
「ヤキチの居合術はさっき見せてもらった。正直、凄すぎて凡人の俺では理解できないほどだった。ただあれだけでは、ちょっとイメージが足りない。だからそれを補強しにいく」
「……?」
「ま、行けば分かるよ」
俺がそうして、ヤキチを連れてやってきたのは、冒険者街の中にある繁華街だ。真昼間だというのに、並ぶ娼館のピンク色の魔術灯がギラギラと光っており、独特の雰囲気を醸し出している。
そんな娼館の中でも、一際立派なものへと近付いていく。ヒサクラ帝国独特の建築様式で建てられたそれは、朱と金が目立つ立派な娼館だった。
「驚いた。ヒサクラの建造物とよく似ている」
隣にいたヤキチがそう呟いた。
ここの歓楽街はいくつも裏組織がとりまとめていて、それが逆に治安の良さを維持している。ここではどの組織の者も大人しくしており、借金取りも表立っては追ってこれないので、堂々と歩ける。
「そりゃあ主がヒサクラ人だからな。こっちだ」
俺がヤキチを連れて、その娼館――〝昇竜館〟の裏口へと回る。
そこに立っているのは、狼耳と尻尾が特徴的な獣人族――〝
「……どうしたリギル、入口なら向こうだぞ」
その男がぎろりと俺を睨む。
「俺にここで女を買うほどの金があるわけないだろ、ロス」
俺が肩をすくめてその男――この娼館の用心棒の一人であるロスにそう伝えると、奴はフッと小さく笑った。
「それもそうか。お前が金に困っていないことはないからな。ならなんの用だ」
「――
俺がその名前を口にすると、ロスから殺気が放たれ、それに反応しヤキチが腰の刀へと手を掛ける。
「ヤキチ、動くな。ロスもそう睨むなよ」
俺が一触即発の二人を宥める。これだから戦闘民族は嫌なんだ。
「リギル、お前、どういう立場で何を言っているのか分かっているのか? あと翡翠様だ。お前如きが呼び捨てにするな」
「悪かったよ。だがやむにやまれぬ事情があるんだ」
「そっちのヒサクラ人絡みか」
ロスがヤキチを睨む。はい、それ正解。
「〝同郷は助ける〟、がこの街では常識だろ? あと俺もいくつか話したいことがあってな」
「……待ってろ」
ロスが裏口から誰かに言付けを頼んでいる間に、ヤキチが俺へと説明を求めてきた。
「リギル殿。これはどういうことだ?」
「どうもこうもない。裏社会のことは裏社会の者に解決してもらうのが一番だ」
「……なるほど」
それからしばらくするとロスが嫌そうな顔で何か報告を受け、扉を開いた。
「会ってくださるそうだ。いいか、リギルもそっちの男も、くれぐれも失礼がないようにな」
ロスが特に俺へとそう念押しするので、俺は笑いつつ頷いておく。
「分かってるよ。俺だって流石にバカじゃない」
「だといいがな」
ロスがそう吐き捨てて、扉を開いた。
それから小間使いらしき子供に案内されやってきたのは、この娼館の最上層にある部屋だった。
相変わらず慣れないヒサクラ風の内装に俺はどこか居心地の悪さを感じながら、部屋の中へと進む。
部屋の中央で肘置きに手を置きながら、どこか色気ある姿で座る美女――この〝昇竜館〟の女主人であり、かつラザの裏社会を仕切る組織の一つ〝
「久しぶりだな、翡翠」
俺が少し堅くなった笑顔でそう挨拶すると、
「……」
翡翠は妖艶な笑みを浮かべたまま、俺を手招きする。
「寄っておくんなまし」
「ああ、えっと。今日用があるのは、俺じゃなくて」
「寄っておくんなまし」
翡翠から放たれる圧に俺は負けて、一歩彼女に近付く。ヤキチが目敏く彼女のすぐ横に刀が置いてあるのを見付けて、耳打ちしてくる。
「リギル殿、あの御方は只者ではないぞ」
ヤキチの声が少し震えている。流石は一流の剣士だけあって、一目見ただけで相手の強さが見抜けるようだ。
「分かってる。だから嫌なんだよ」
俺がもう一歩近付いた瞬間、翡翠の表情が一変する。
「リギル……てめえどの面下げて会いに来やがった! 一回死んどけ!」
翡翠が床に置かれていた刀を掴むと同時に抜刀。彼女が纏う独特の衣装の袖がふわりと舞い、同時に俺の腹へと刀身が叩き込まれた。
「あがっ……!」
刃引きされているおかげで腹は切れていないのだが、その剣閃の鋭さと速さは十分な威力を持っていた。
「流石にこれは……想定……外……」
なんで俺の周りの女性ってみんなこう、物騒なのかね。
なんてどうでもいいことを考えながら、俺は気絶してしまったのだった。
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