第13話:顧客その2〝竜閃、ヤキチ〟①


 カウンターで俺が上の食堂から買ってきたパンとスープを貪るようにヤキチが食べていると、クオンがやってきた。


「ん、いつからここは食堂を始めたんだ? 言っとくが、飲食店を始めるのはリスクが多くてオススメできないぞ」


 ヤキチと俺を交互に見て、クオンが胡乱げな表情を浮かべた。


「始めてねえよ……彼がユナの紹介客だよ」

「ん、ヒサクラ人か?」


 クオンがすぐにその特徴に気付いたので肯定しておく。


「そう」

「もご……俺はユナの弟の……もがちだ」


 もがちって誰だよ。


「食べながら喋るな。というか、ユナって弟いたんだ」

「俺も初耳だったよ」


 なんというか顔は似ているが雰囲気が全然違うせいで、どうにも俺達の知っているユナと結びつかないのだ。


「俺は最近この街に来た」


 あっという間に食べ終えたヤキチがようやく落ち着いたとばかりに、話しはじめた。


「姉のような偉大な冒険者になることを憧れてな。それでこの街にやってきたんだが、どうにも上手くいかなかった」

「偉大……?」


 クオンが何か言いかけるので、俺は慌てて彼女の口を塞ぐ。いくらユナと仲が悪いとはいえ、それは弟のヤキチとは何の関係もない。


「クオン、そういうのは良くない」

「……ごめんなさい」


 クオンがシュンと落ち込むので、それ以上は何も言わずに、ヤキチに話の続きを促した。


「ってことは冒険者になったってことだよな?」

「うむ。Fランクとやらから始めるそうで早速のだが……中層辺りでどうにもならなかった……俺はダメな男だ……姉に顔向けできない……うおおおおん!」


 ヤキチがいきなり泣き始めて、カウンターへと突っ伏した。 


「いやいや……いきなり泣くなよ」


 ん? 待て待て。今、こいつ変なことを言ったよな?

 どうやら同じことに気付いたのか、クオンが怪訝そうな顔で口を開く。


「ええと、ヤキチ君?」

「うおおおおん! 俺はゴミだ!」

「いや、それはいいからさ」

「わざわざこんな辺境まで来たのに、俺はなんて、なんて弱い奴なんだ!」

「ええい、うるさい! 話を聞け」


 クオンが思わずヤキチの頭をはたいてしまう。するとヤキチがガバリと顔を上げて、彼女を見つめた。


「……今、叩いたな俺を。姉にしか叩かれたことのない俺を」


 ヤキチが真面目な顔でそうクオンを問い詰めるも、クオンはクオンで綺麗な顔が台無しになっているようなキレ顔を返す。


「あん!? だったらなんだよ」

「俺のこと……そこまで思ってくれているのか」

「……はい?」

「貴方こそが、俺の運命の人かもしれない! 名前を教えてくれないか、狐の君よ」


 ヤキチが突然立ち上がると、クオンの手を掴んだ。


 ……俺、もう帰っていいかな。


「リギル、やっぱりこいつ間違いなくユナの弟だ。話が通じないし、バカだし、話してて疲れる!」

「バカでもいい……俺は君を守る刃になりたい」


 真面目な顔でそんなことを言い始めるヤキチ。


「うるせえ、バカ。とりあえず三秒以内に手を離さないとぶっ殺すよ」


 クオンから殺気が漏れ始めている。

 というかマジで、話は一つも進んでいない。


「恥ずかしがることはない。俺はこう見えて、辰見流居合術の免許皆伝を許された男だ!」

「よし、殺す」


 クオンが笑顔のまま、ゆらりと足を動かかそうとするので、俺は流石に止めに入る。


「いい加減にしろ、ヤキチ。お前は女を口説きにここに来たのか? ユナにそう報告するぞ」

「なっ! そ、それは……ご勘弁を」


 ヤキチが慌てた様子で手を離し、席へと座り直した。クオンは威嚇しながらも、俺の後ろへと下がる。


 ふむ、こいつの扱い方がなんとなく分かってきたぞ。


「話を戻すぞ。というか、さっき言ったことは本当か?」

「本当かというのは? 姉にしか叩かれたことがないのは本当だ」

「そこじゃねえよ。ダンジョンに一人で潜って、中層まで辿り着けたってところだよ」

「ん? いやそれも本当だぞ。地下十階まではいけたが、それ以上はなんともかんとも……我が居合が届かぬ高みであった……いや地下だから低いのか……?」


 はっきり言うと、それはありえない話だった。


 基本的にこのラザにあるダンジョン、〝絶塔ラフカ〟は、この周辺国どころか、大陸全土を見ても、三本指に入るぐらいの高難易度のダンジョンである。


 地下五階までは表層と呼ばれ、ここに関しては他のダンジョンとさして難易度は変わらない。しかし地下六階から地下十五階までのいわゆる中層と呼ばれる場所は、打って変わって非常に危険だ。


 階層自体が一つ一つ広く、一筋縄ではいかない魔物に罠がてんこ盛りだ。

 そんな中層の地下十階まで初めてで、かつ一人で行けたなんて話はにわかに信じがたい。


 もし真実だとすれば、信じられないほどの強さと度胸がある。


「ヤキチは魔術は使えるのか?」

「ん? ああ、符術のことか。いや、姉と違って俺は苦手でな。この剣一本だ」


 ヤキチが誇らしげに腰に差していた剣を叩いた。


「その剣、少し調べてもいいかな?」


 武器商人の血が騒ぐのかクオンがそう申し出ると、ヤキチはその剣をカウンターの上に置いた。


「俺の魂だ」

「ありがとう。どれどれ……」


 クオンが慣れた手付きで、鞘からその剣を抜いた。


 少し金色がかった刀身。ヒサクラ産の武器特有の波紋。それは、俺がこれまでに見たどの武器よりも美しかった。


「……はあ?」


 鑑定したクオンが、信じられないと言わんばかりの顔になる。


「どうした?」

「これ……とんでもないやつだよ。国宝級と言ってもいい。これ、古竜の素材で作られてる……」

「流石は狐の君、これの価値が分かるか。こいつはな、姉と二人で三日三晩戦い続けた結果、討伐することができた〝金濤竜〟の素材で鍛えたものだ。ちなみに姉の竜尾剣も同じ素材だ」


 ヤキチが誇らしげにそう語った。その〝金濤竜〟とやらは初耳だが、古竜ということはよっぽどの相手なのだろう。


「しかしどうにも話が読めないな。君は魔剣を求めてきたという話だったと思うんだが、そんな武器があるなら、必要ないのでは?」

「ん? 魔剣? いやそんな話は知らないが」

「……ええ」


 おいおいユナ、話が違うじゃないか。


「俺は姉に、〝ここに来れば悩みを解消できる〟と言われたんだ」

「悩み?」

「ああ。さっきも言ったが地下十階ぐらいから、倒せなくなってな。どうしたものかと」

「……いやいや、待て待て。つまり地下十階までは魔物を一撃で倒したってことか? だって、地下七階にはシールドゴーレムがいるし、地下九階にはそもそも物理攻撃が効かないゴースト系の魔物もいるんだぞ」


 イフリぐらいの規格外ならともかく、Sランクのユナですら、そいつらを一撃でというのは無理なはずだ。


「我が辰見流居合術は、その初撃に全てを掛ける。悪霊が相手でも気合いで斬る。相手が硬くても気合いで斬る。それが辰見流居合術だ」

「脳筋すぎる……」


 気合いでゴーストが斬れたら苦労しねえよ!


「刀身の感じを見るに、魔力を乗せてる痕跡があるね。多分無意識で魔力を纏わせてるんじゃないかな」


 クオンが冷静にそう分析してくれたので、一応は納得しておく。

 いやでもなあ……。


「ところが地下十階からは、どうにも一撃では無理でな……」

「なるほど……いやというか、そもそも二撃目を入れればいいだけでは?」


 俺が素朴な疑問を口にする。


 俺もあまり詳しくはないのだが居合というは、鞘に収まった刀身を滑らせて放つ最速の剣技らしいが、別にそれだけが全てではなかったはずである。


 仮に一撃目で倒せなくても、そのまま二撃目を入れれば済むんじゃないか? と思ったのだが――


「それはできない。二撃目を放つならば、一度納刀する必要がある」


 だそうです。何その無駄な工程!?


「いや、別にできなくてはないんだろ?」

「できない。体がそう覚えてしまっているから、今更変えられない。だから……地下十階で止まってしまったのだ」

「なるほど……」


 全然納得できないが、そういうものだと思うしかない。クオンも横で呆れ果てている。


「つまりだ。ヤキチは地下十階以降の魔物も一撃で倒したい――そういうことだな」

「そうだが……そんなことが可能なのか?」

「そう言われると困るんだが……」


 魔剣にすることで、それが可能となる……かもしれない。だからこそあのユナが珍しく俺を頼ったのだろう。


「できるかどうかはともかく……考えてみるよ」


 俺はそう答えるしかなかった。


「かたじけない……この恩、一生忘れないぞ!」

「いや、いいよそういうのは……キッチリ金を払ってくれればそれで」

「分かっている。金ならいくらかある。では頼んだぞ、リギル殿。この剣が必要なら預けておくが」

「いや、それは大丈夫。というか失敗したら怖いし」


 まずは違う剣で試してからじゃないと。そもそもどうすればいいか、今の時点では全然検討がつかない。


「分かった。では――」


 そうしてヤキチが去っていき、俺はため息をついてしまう。


「あの姉にして、あの弟だな……ドッと疲れたよ」


 これは……思ったよりも厄介な依頼かもしれない。

 

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