第12話:魔女vs狐
「いいか、イフリ。こういう時はな、もう放っておくしかないんだ。下手に止めに入ろうとすると思わぬ流れ矢を喰らうことになる」
「は、はあ」
俺がイフリへと冒険者、いや人生における大切な教訓を教えながら、店の入口付近で言い争っている二人の美女から目を逸らした。
「冷やかしなら帰れ、クソビッチ。空気が穢れる」
「客に向かってなに、その態度? というかお前じゃなくてリギルちゃんとお喋りしにきたんだけど?」
「店には客を選ぶ権利があるんだよバーカ」
「というかさあ、この期に及んでまだ外堀埋めてんの? 有能ですみたいな顔しといて、恋愛下手くそすぎじゃない?」
「うるさい!」
……あのクオンが終始口で負けているのは、わりと珍しいことである。
「あの二人……というかリギルさんもお知り合いなんですか」
イフリが恐る恐るそう聞いてくるので、俺は曖昧に頷いておく。
「昔、色々あってな。俺もクオンもユナも同じ時期にこの街にやってきたんだ。その時は俺達三人は新人冒険者で、たまにパーティを組んだりもしていた」
「へえ! クオンさんも元冒険者なんですね」
「まあな。で、あの二人は昔からなぜかあんな感じでな……会うたびにああやって喧嘩しているんだ」
まあ、どちらかというとユナがクオンをからかうから喧嘩が起きるのだが、普段ならそういう挑発やらなんやらはさらりと受け流すタイプのクオンも、なぜかユナ相手にはムキになってしまう。
「もしかしてですけど、師匠ってユナさんと昔、良い感じの仲だったりしました?」
突然イフリがそんな事を聞いてくる。
「へ? あー、まあ、うーん」
そこに関しては何とも答えづらい。
「そのせいだと思いますけど。師匠って案外だらしないんですね……」
イフリが呆れたような目で俺を見つめてくる。
え、なんで!? 俺が悪いみたいな話になってるの!?
「そうやってグズグズしてるから、今度はあんなちっこくて可愛くてオマケに強い子に取られそうになるんだよ。いい? 若さは女の最大の武器で、そして私達にはそれがなくなりつつあるのだぞ」
「分かってるし! というかイフリちゃんとリギルはそういうんじゃない! ねっ!?」
いきなり話を振られて、俺とイフリがビクリと一瞬体を震わせてしまう。
クオンからの視線の圧が強いので俺はなんとか作り笑いをしつつ、言葉を返す。
「何を言っているんだ。そんなわけないじゃないか、なあイフリ」
「は、はい!」
「だよね!? ほら、お前はそうやっていつも適当なことを言うから、私は嫌いなんだよ」
「リギルの言うことを安易に信じるのは良くないって、いつになったらお前は学ぶんだ……?」
「なんだとお!」
またガキみたいな喧嘩が始まるので、流石に俺も口を挟むことにした。というか店の入口でそんなぎゃあぎゃあ騒がれたら、客も寄ってこない。
「仲が良いのは結構だが、そろそろ落ち着け」
「どこをどう見たら、これが仲良しに見えるんだリギル。こいつは害悪だぞ、関わるだけで、運気が下がる!」
「そりゃあこっちのセリフだよクソ狐。あんたのせいで、どれだけ私は被害を被ったか」
「はいはい、もう喧嘩は終わり。いいからさっさと要件を言え、ユナ。ただ遊びに来たわけじゃないだろ?」
俺はクオンにお茶を差し出して、落ち着かせる。
「リギルは甘すぎる……こんな奴、塩撒いて追い返せばいいんだ……」
とかブツブツ言いながらもクオンがお茶を飲みはじめたのを見て、ユナがカウンター席へと腰を下ろした。
「茶、飲むか?」
「すぐに出るからいらない。それよりもリギル、魔剣を作ってるって本当? イフリちゃんのあのクソヤバアックスもリギルが作ったって聞いたけど」
「因果なことに、そういうことになった」
「あははは! あんたは昔からそうだからね! 弱っちいくせに人の為にって出しゃばって、災難に遭う」
ユナが盛大に笑っていると、クオンが小声で反論する。
「……それがリギルの良いところなのに」
「はいはい。ま、それはそれとして、魔剣が作れると言うのならちょっと仕事を依頼したいんだけど」
「ん? お前、魔剣が欲しいのか?」
なんとなく意外な気がしてそう聞くと、ユナはまさか! とばかり大袈裟に否定した。
「私に魔剣なんて要らない。だってほら、私強すぎるから……魔剣なんてなくても余裕だし」
流石はSランク冒険者の言うことは違うねえ。だがそれが決して強がりでも誇張でもないことを、俺はよく知っている。
最強であるがゆえに、ユナはSランクなのだ。
「じゃあ誰の為の魔剣なんだよ。それが分からないとなかなか難しいぞ」
「そう思って呼んであるのだけども……遅いなあ」
どうやら依頼人は別にいるようだ。しかしあの自己中心的で独善的なユナが、誰かの為にわざわざ動くなんて珍しい。
よほどの相手なのだろうか。
「これも、リギルが作ったの?」
ユナが真面目な顔で、カウンターの上にあった防具やら装飾品やらを見つめた。
「ああ。半分は失敗作だがな」
「ふーん、なるほど。その右手で作るわけね」
「ん? ああ、そうだが」
「……ねえ、リギル」
ユナが体をカウンターの上へと乗りだして、俺へと顔と近付けた。隣でクオンが威嚇するような顔をしているが、反応すると面倒臭そうなので無視しておく。
「……なんだよ」
「冒険者辞めたって聞いたけどさ、また始めたら? その右手と魔剣があれば……多分、あんた前より強くなれるよ」
「何を根拠にそんな適当なことを」
今更何を言っているのやら。
そもそもどれだけ凄い魔剣があろうが、使い手が弱かったら何の意味もない。
「あんたもクオンも昔から、変なところで視野が狭いのよねえ……その右手、魔物相手でも、対冒険者でも、とんでもなく有用だと思うんだけどなあ。私が欲しいぐらいよ、それ」
「どういう意味だ」
「自分で考えなさい。しかしあのバカ、遅いわねえ。私、そろそろ行かないとだから、詳しくはもう本人に聞いて」
そう言って立ち上がったユナが、何の未練もないとばかりにこちらへと背を向けた。
「ああ、そうそう。気付いていると思うけど、その右手の呪い――手で使うものしか魔剣化できないと思うよ。じゃ、またね~」
そう言い放って、ユナが颯爽と去っていった。
「……ぐぬぬ! 言われてみれば確かに! 成功した籠手も指輪も武器も盾も、全部手で使うものだった!」
クオンが悔しそうに歯ぎしりしながら、店の入口で塩を撒いているのを見て、俺はふううと大きく息を吐いた。
ユナは決して悪い奴ではないんだが、いると妙に疲れるんだよなあ……。
「しかし、そうか……手で使うもの限定か。それを念頭において実験する必要があるが、もしそうなら色々できそうだな」
それにユナの言っていた、魔物や冒険者相手にも有効だっていう話も気になる。
「ユナさんが紹介したお客さんってどんな人なんでしょうね」
ようやく場が落ち着いたとばかりにイフリが会話に参加してくる。
「さて。まあ、何かしらに困っている奴だろうな。魔剣が欲しいぐらいなのだから」
「あいつの知り合いなんてどうせろくでもない奴なんだから、追い返そう」
「そういうことを言うな、クオン」
しかし、ユナの言っていた人物はその日に現ることはなかった。
翌朝。
「……なんだこいつ」
俺がいつも通り店の前を掃除しようと、外へ出た時。
店の前に、一人の青年が行き倒れていた。
長めの黒髪を高めの位置で結わえた髪型。浅黒い肌。
大陸東部の大帝国独特の衣装である着流しに、腰には黒塗りの鞘に収まった、細長い曲刀。
そんな目立つ特徴を持つ人種なんて俺は一つしか知らない。
「あんたヒサクラ人か? なんでこんなところで寝てるんだ」
俺がそう聞くと、その青年がゆっくりと顔を上げた。
その顔は彫りが深く整った顔をしていて、どこかで見た覚えがある。
「み……水……あと、何か……飯を……」
バタリ。青年が倒れたのを見て、俺はため息をついた。
行き倒れるならよそでやってくれ……と思ったが放ってもおけない。
何よりも、その顔を見てピンと来た。
「あんたまさか、ユナの知り合いか」
ユナもヒサクラ人でありこのラザでは珍しい人種である。何より、この青年の顔はどことなく彼女に似ているのだ。
そう思っての質問だったが、答えはやはり予想通りだった。
「お、俺は……ユナの……弟のヤキチだ。姉の……紹介でここに……来――」
再びバタリ。
どうやらこの青年――ユナの弟であるヤキチが、俺の次の客のようだ。
……どうにも前途多難な予感しかしない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます