第10話:弟子ができた


 その後の話。


 俺とイフリが喜び合っているところに、たまたま近くにいた高位ランクパーティを連れて、フィーロ達が戻ってきた。 


 当然、彼らは無駄足となり、そもそも何が何やらさっぱりの様子だったが、謝罪と共に〝深海竜鰐リヴァイガーター〟の素材をいくつか分けることを提案したら納得してくれた。


「しかしなあ……なんであんな年季の入った武装貝と〝深海竜鰐リヴァイガーター〟が釣れたんだろうなあ」


 数日後。

 俺が店のカウンターの中でそんなことをぼやきながら、煙草の煙を吐いた。


 改めて店内を見ると、前には置いていなかった武器がちらほら置いてある。


 しかしそれはどれも魔剣化していない武器で、一見すると品数の少ない武器屋にしか見えない。


 置いてあるのは全て、武装貝から剥ぎ取った武器達だ。クオンに鑑定してもらったところ、そのままでも使えそうなものがいくつかあったので商品として出している。


 <黒耀武器>なんて勝手に命名して売っているが、これが日に一本か二本売れるので、少しは稼ぎの足しになってくれた。


 倉庫の方はというと、明らかに売り物にならない黒耀武器や〝深海竜鰐リヴァイガーター〟の素材を置いていて、これに関しては魔剣化して売る予定である。


 結果としてプラスになったが、一歩間違えれば全てを失うところだっただけに、今回なぜこのようなことが起こったかについては考える必要がある。


「いくつか仮説は思い付くけどね」


 クオンがカウンターに座りながら、いつものお茶を飲んでいる。


 彼女が飲んでいるのはお茶の葉ではなくその枝を乾燥させたものを使う、独特の風味がある〝狐棒茶〟と呼ばれるものだ。これが結構クセになる味で、俺も最近これにハマりつつある。


 というかこいつ最近、この店に入り浸っているが暇なのか?


「水臭いことを言うな。共同経営者だろ?」


 クオンが呆れたような顔でそう言ってくるので、俺はすぐに否定しておく。


「いや、違うだろ……さんざん金を取ってるじゃないか」

「必要経費ってやつだよ。しかし、最近暑いね」


 そんな話はどうでもいいとばかりに、クオンが手で自分の顔をパタパタと仰ぐ。

 まだ春になったばかりだが、このラゼは一年を通して温暖なので、北国出身である狐獣人フォクシアンのクオンにとっては、もう夏のような気分なのだろう。


 その証拠に、着ている服もかなり薄着になっている。


 谷間がチラチラ見えているので、正直困るんだよなあ……。いや、もちろん指摘するほどの問題ではないので、あえて口にしない。


 あえて、口にはしない。


「ふふーん、そんなに私のおっぱいが気になるか」


 ニヤニヤと笑いながらクオンがその豊満な胸を寄せる。不覚にも少しドキリとしてしまうが、顔に出さない。


 少しでも下心を見せたら、おそらく血の一滴まで絞り尽くされるだろう。俺はそんな奴を何人も見てきた。


 なのですぐに否定しておく。


「ならん」

「えー」

「そんなことよりも、その仮説とやらを教えてくれ」

「はいはい。相変わらずつまんないやつ」


 ズズズ……とお茶を啜って、クオンが仕方ないなとばかりに説明をはじめた。


「別に確固とした証拠があるわけではないんだけどね。私が思うに、あれほどの武装貝が釣れたのは――魔剣を餌にしたからではないか?」

「ふむ」

「昔流行った武装貝釣りって、安い量産品の武器を餌に使っていたろ? だから釣れる個体も比較的若いものが多かった」

「確かにそうだな。魔剣を餌を使った奴なんて俺達が初だろうな」


 魔剣と言っても、俺が使ったのは出来損ないだけども、魔剣は魔剣だ。


「だから普通の武器なら、見向きもしなかったあんな大物が釣れたわけだ。そして、おそらく普段そこまで活動的ではない大物がああして動いたからこそ、〝深海竜鰐リヴァイガーター〟もそれに釣られたわけだ。あるいは〝深海竜鰐リヴァイガーター〟も魔剣に惹かれたのかもね」

「なるほど。そう言われると確かに、そんな気がしてくるな。ということは魔剣には魔物を引き寄せる力がある可能性があるということか?」

「そういう話は聞かないから、武装貝が特殊なのかも。武器を集める生態ゆえの行動ってところかな」


 確かに、俺も魔剣が魔物を引き寄せるなんて話は聞いたことがない。それに実際に魔剣を何本も所持していた俺達も、地底湖までの道中で魔物が多く襲ってきたという事実もない。


「ま、真実が何にせよイフリちゃんの魔剣が無事できたし、オマケに〝深海竜鰐リヴァイガーター〟の素材まで手に入った。これは僥倖以外の何ものでもない。運がようやく向いてきたんじゃない、リギル」


 クオンが嬉しそうに笑顔でそう言ってくれたので、俺は頷いておく。


「だな。イフリちゃんもこの功績が認められて、ランクアップするんじゃないか。前代未聞だろ、Fランクで〝深海竜鰐リヴァイガーター〟のソロ討伐なんて」


 なんて俺が言っていると、クオンが視線を店の入口へと向けた。


「噂をすれば、だね」


 そう彼女が言ったと同時に扉が開いた。


「リギルさん! あ、クオンさんも!」


 そんな第一声を発しながら小走りでこちらへとやってきたのは、今まさに話題に上がっていたイフリだった。


 ちなみに彼女の魔剣――〝朱曜の巨斧〟は、今うちの倉庫で預かっている。なんせデカい上に重いので、今彼女が住んでいる部屋には置いておけないそうなのだ。


「いらっしゃい。今日、ギルドに喚ばれたんだって?」


 俺はカウンター席に座ったニコニコ顔のイフリへと、お茶を差し出す。


「はい! あれこれ聞かれて、前例がないけどもAランクへ飛び級してくれるっていう話になってまして」


 イフリが弾んだ声を出した。前までのオドオドした感じはなくなっており、元気いっぱいの年相応の少女らしい明るさだ。


 良い傾向だろう。


「ははは、凄いじゃないか。Aランクになれば、〝深潜行ディープダイブ〟も許可も出るし、目標に一歩近付いたな」


 ダンジョン深層。そこは表層や中層とは文字通り、全く別次元の難易度を誇る場所である。なのでギルドはむやみやたらに冒険者が深層へと挑まないように、一定ランク以上でないと、そもそも深層への挑戦権は与えられないようになっている。


 だが、Aランクとなれば話は別だ。


「それになんとあのAランクパーティの〝レッドブロッサム〟に加わらないかというお話も出たのですよ!」

「おおー! 〝レッドブロッサム〟は良いパーティだぞ! それに同じオーガ族もいるしな!」


 なんという偶然だろうか。昔馴染みであるジンのパーティにイフリが誘われるとは。


「ジンさんですよね。でもあたし、昨日ジンさんと少しお話したんです」

「ほうほう」

「で、言われたんです――〝お前にAランクはまだ早い。ランクアップもうちのパーティへの誘いも、〟って」

「……そうか」


 俺にはジンの言わんとすることが何となく分かってしまった。


「あたし、最初はなんでだろうと思ったんです。でもジンさんが言ったんです。今のお前では、深層に挑むための経験も知識も足りなさすぎると。力ばっかりあっても、あの場所では役に立たないって。母親を探すことに固執しているうちはダメだと」

「……まあそうだろうな」


 俺は煙草を吸って、天井を見上げた。


 ジンの言いたいことは分かる。おそらくイフリはあの魔剣と〝怪力乱神〟によって、戦力としてはもはやSランククラスだろう。


 だが単純な力だけではどうにもならないのが、深層なのだ。ましてやそこで行方不明の母を探すとなると、さらに難易度は跳ね上がる。


 高位ランク冒険者に必要なのは、力だけではない。知識、知恵、判断力。そういうあれこれが必須となってくる。


 そういう意味で、ジンからすればイフリはまだまだ未熟ということなのだろう。


 身内に甘いオーガ族だからこその、助言だ。


「なので……全部断りました! あたしはFランクからちゃんと実力を重ねて上を目指します! それに教えてもらったんです。深層では時の流れが乱れるので、こちらで数年経っていても深層では数日しか経っていないこともあるって。まだお母さんは生きているかもしれないんです。だから焦らずにいくことにしました」


 屈託のない笑顔でそう宣言するイフリが、俺には眩しく見えた。

 きっと、それでいい。


 イフリが聞かされた話は事実だ。ただそれが全てではない。


 深層の時の流れは一定ではない。先ほど言った、向こうでの数日がこちらでの数年ということも起こりえるが、その逆もまた然りなのだ。


 既に彼女の母親が亡くなっている可能性は低くない。

 だけどもそれを彼女に言う必要があるのだろうか。

 

 俺には分からない。でも、今の彼女にはきっとこれがベストなのだと信じたい。


 しかし黙ってここまで聞いていたクオンは不満げだ。

 

「うー、勿体ない……Aランクになれば依頼報酬も爆上げなのに……」

「すみません……借金については頑張って返していきます」


 イフリが申し訳なさそうな顔をするので、クオンが笑いながら彼女の赤髪をくしゃりと撫でた。


「ま、イフリちゃんがそう決めたのならそれが最善か」

「はい! あ、そういえばジンさんが休みの日には戦い方を教えてくれるって言ってくれたんです」

「おー、そりゃあいい。あいつはこの街でも五本指に入る戦士の一人だからな。良い師匠になるだろう」


 ジンの奴、なんやかんや言いながらやはり身内には甘いなあ。

 なんて他人事だと思いながら、俺もお茶を飲んでいたら。


「あとジンさんに、ダンジョンや魔物の知識、それに冒険者としての心得については自分よりもリギルさんの方が教えるのは適任だと言われたので、リギルさんに弟子入りすることにしました! というわけで訓練の日や依頼の日以外はここに通ようつもりなのでよろしくお願いしますね――師匠!」


 そう満面の笑顔で言われた俺は思わずお茶を噴いてしまい、クオンはこれまでに聞いたことのない、なんとも素っ頓狂な声を出したのだった。


「……はああああああ!?」


 こうしてなぜか、俺に弟子ができましたとさ。

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