第9話:顧客その1〝赤鬼のイフリ〟⑤
よく考えれば分かることだった。
なぜ武装貝は、鱗や人の武器を纏ってまで防御を固めるのか。
答えはシンプルで――捕食者から身を守る為だ。
だが地底湖にはほとんど魔物はおらず、いたとしても武装貝を捕食するような巨大なものはいないはずだった。いれば、とっくに目撃情報が出ているだろう。
ならば、なぜ深層の魔物である〝
「まさか……本当だったのか。地底湖が深層に繋がっているという、あの噂が」
深層からやってくる魔物から身を守る為に、武装貝は異常なほどの防御力を手に入れたのか? いやそもそも武装貝自体が本来は深層に生息する魔物なのかもしれない。
そんな疑問に答えが出ないまま、目の前で〝
バガンッ! という派手な破砕音と共に、武装貝が殻ごと噛み砕かれる。
「マズい……これは非常にマズい」
見れば、フィーロもユアンも体が固まってしまっている。
「逃げろ!」
俺がそう叫ぶと同時に、〝
太くて棘状の鱗が並ぶ、まるでメイスのような尻尾が突っ立ったまま動かないイフリへと振るわれた。
「イフリ!」
俺は咄嗟に駆けだし、イフリの体を抱えて横へと転がる。
真上を〝
「リギルさん!」
フィーロの声が聞こえる。
俺は起き上がるとイフリの体を離し、すぐに〝
厄介なことに、俺とイフリは湖側にある武装貝の死体の傍にいるのだが、フィーロ達は〝
逃げ場所となる、さっき通ってきた通路は壁側にしかない。
このクソ鰐によって俺達のパーティは分断された形になってしまったのだ。
「フィーロ、ユアン! お前らはそっちの通路から撤退しろ!」
俺は素早く判断して、そう指示を飛ばす。Fランク冒険者の集まりで、しかも俺とイフリは戦力外と言っていい。
〝
クソ、どうすればいい。どうすればこの状況から一人でも多く生還できる。
あの魔剣化したロングソードを使うか?
いや、それは悪手だ。カースドナイトは一撃で仕留められたが、あの魔剣はあくまで〝強力な一撃を放てる〟だけで〝
そもそもカースドナイトと〝
カースドナイトはAランクパーティなら倒せるレベルだが、〝
つまり深層に挑戦できる冒険者ですら対処不能な、正真正銘の怪物。
もしこの魔剣が効かず俺が気絶してしまったら、おそらくこの即席パーティは全滅してしまう。
それだけはなんとしてでも避けないと。
「奴も通路までは追ってこれない! すぐに応援を呼んでくるんだ!」
「は、はい!」
フィーロが迷いを振り払うように声を張り上げると通路へ走っていき、それにユアンが続く。
そう、それでいい。
ここでもしあいつらが〝仲間は見捨てられない!〟 なんてバカな事を言って戦おうとしていたら、きっと俺は激怒していただろう。
だが〝
まだ通路までは距離がある。
これは……逃げ切れないか?
ならば……やることは一つしかない
「イフリ――その大槌ぶっ壊してもいいから、あいつに一撃ぶち込めるか」
俺は隣で少し震えていたイフリへと、そう提案する。
攻撃を加えて、少しでもこちらへと気を逸らせる作戦だ。
だが問題は……彼女が動けるかだ。
聞けば、武器がすぐ壊れてしまって武器訓練はできなかったそうだが、体だけはいつでも動かせるようにと、トレーニングだけは欠かさなかったらしい。
とはいえ実戦で動けるかどうかはまた別の話だ。
だけども――そんな心配は必要はなかった。
「――やれます。やらせてください」
イフリの顔に怯えはない。どこかオドオドしたあの雰囲気が消えている。
さっきの震えは……まさか武者震いだったのか?
〝オーガの子は、オーガ〟。
誰が言った言葉か忘れたが、どうやら間違ってはいなかったようだ。
俺の目の前でイフリが地面を蹴って加速。その力に耐えられず、彼女が立っていた位置の地面が砕けた。
恐ろしいほどの速さで彼女が、今まさに突進せんと構えた〝
「はああああああ!」
バキリ。嫌な音が彼女の大槌から響くも、なんとか形を保ったまま〝
その動きはまさにオーガ族の戦士そのものだ。
「グギャルアアアアアアアア!」
〝
奴の左後脚の鱗と大槌が同時に砕けたのを見て、俺はやはりかと舌打ちをする。
やっぱりあの強度では、イフリの攻撃に耐えられないか。さらに鱗を砕いたものの、それ以上のダメージを与えられていない。
「壊してごめんなさい!」
〝
「気にするな。とはいえ、ここからが問題か」
武器はもはや俺のロングソードしかない。
あるいはイフリの膂力に耐えうる武器があればいいのだが、それを求めてわざわざここまでやってきたので、それは無い物ねだりだろう。
「ど、どうしますか、リギルさん。あの鰐さん、めちゃくちゃ怒ってますけど」
俺とイフリへと怒りの視線を向ける〝
「ああ……これはヤバいな」
後ろ脚だけで〝
昔、ジンに聞いたことがあった。
なぜどう見てもただのデカい鰐にしか見えない魔物を、わざわざ竜鰐なんて大袈裟な名前で呼ぶのかと。
それにジンはこう答えたのだった――〝それは奴が竜と同じように、ブレスを放ってくるからだ〟、と。
「イフリ! 武装貝の後ろに隠れるぞ!」
俺は彼女の手を引っ張って、武装貝の死体の向こう側へと飛び込む。
次の瞬間、奴の口腔から雷撃纏う息吹が放たれた。
当たれば即死。辛うじて死を免れても、体が痺れて動けなくなり、結果奴に食われてしまう――そんな最悪の攻撃である雷のブレスを、ギリギリで俺とイフリは武装貝の死体を盾にすることで回避できた。
雷嵐が荒れ狂うなか俺は次の手を探るも、もはや逃げる以外に選択肢はない。
だがどう足掻いても二人揃っては無理だ。ならば、一か八かで俺がロングソードで一撃かますのが一番成功率が高いだろう。
「……イフリ、ブレスが終わったタイミングで俺が突っ込む。だから、君はその隙に逃げろ」
俺がそう提案するも、なぜかイフリはこちらを見ていない。
「イフリ?」
「あ、あの。リギルさん」
なぜか彼女の視線は、目の前にある武装貝の死体に向けられていた。
いや違う。彼女が見ているのは死体ではなく――死体から生えている、かつてこの魔物が取り込んだ武器だ。
「リギルさんって、その右手で触ったら魔剣化できるんですよね」
「そうだが」
「だったら、ここにある武器――魔剣化できますよね」
イフリがそう言って、目の前にある柄を掴んで、それを引き抜いた。肉がちぎれる音と共に現れたのは、黒曜石のような姿に変質した歪な刃を持つ巨大な斧。
それはおそらく元々はただの戦斧だったが、武装貝が様々な武器を取り込むうちに融合して巨大になったのだろう。
見れば歪んだ刃には、ロングソードの刃や槍の穂先などが混じっている。
斬れ味などないに等しく、鈍器と呼んで差し支えないそれを、彼女は軽々しく持ち上げた。
「……! そうか、そういうことか」
俺は何を求めてここにやってきた? もちろん、武装貝の素材だ。
ではなぜ武装貝の素材を? それで武器を作るためだ。
ならば――永い年月かけて武装貝の鱗のように変質したこの武器は、それと同じなのではないか?
俺は迷いすらせずに右手のグローブを外して――その斧に触れた。
必要なのは強いイメージだ。
イフリがさっき放った一撃。
半端な魔剣でも、〝
鮮烈なイメージが俺の中で、できあがる。
どれだけ重くてもいい。ただ、絶対に壊れないものを。
どうかイフリを英雄たらしめる武器に……なってくれ!
俺の〝
武器全体に亀裂が入り、中がまるで赤熱しているかの如く、赤く明滅している。
それは内に膨大な熱を秘める溶岩のようにも見えた。
「いけ、イフリ」
俺が右手を離した。
鑑定なんてしなくても分かる。
「――はい」
〝
だがもう遅い。
俺は後ろへと回避。イフリは――
「全力でいきます」
既に〝
彼女の体躯に比べて巨大過ぎる刃が、火花を散らしながら地面を削る。
〝
「はあああああああああああ!」
イフリが吼えると同時に、摩擦熱で刃全体が赤熱した巨斧を振りあげた。
その振り抜く速度があまりに速すぎて、俺の目が追い付かない。
赤い刃が〝
まるで爆発したような音と同時に、あの巨体が血を撒き散らしながら――宙に浮いた。
「ははは……すげえ」
奴の頭がまるで砂糖菓子のように破砕されたのを見て、俺は笑いがこみ上げてきた。
人は、あまりに規格外なことが起こるとどうやら笑うらしい。
数秒後に奴の巨体が地面へと落ち、衝撃音とともにダンジョン全体が揺れたと錯覚するほどの振動が地面から伝わってくる。
「――リギルさん、これ凄い! 全力出しても、壊れるどころか刃こぼれすらしていないですよ!」
〝
これが、後に英雄とも呼ばれるSランク冒険者の一人――〝赤鬼のイフリ〟誕生の瞬間だった。
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