第8話:顧客その1〝赤鬼のイフリ〟④
『ダンジョン〝絶塔ラフカ〟、地下一階――地底湖周辺』
揺れる松明の火によって、洞窟の壁面で影が踊る。
イフリのことはダンジョンに入る前にフィーロとユアンには紹介済みで、今のところ探索は全て順調だ。
ユアンが前を行き、魔物を警戒。背後はフィーロが見てくれていて、その間に挟まれる形で俺とイフリがいる。
イフリは新人冒険者らしい、軽装にところどころ革や鉄で補強した防具に、俺が先日作った、微妙な性能の魔剣――<堅重の大槌>を装備していた。
おそらく彼女が全力で振ればすぐに壊れてしまうが、ないよりはマシだろう。
何より、普通に握っても壊れないことに彼女は感動していたのでそれだけで作ったかいがあった。
とはいえ、俺一人では到底持ち上がらなかった大槌をまるで枝のように軽々と担ぐ彼女を見ていると、いかに〝恩寵〟が規格外か分かり、同時に少しだけ凹んだ。
俺、腕力には結構自信があったんだけどなあ……。
「あの、リギルさん。質問があるのですけど……」
隣を行くイフリが俺へと近付いてきて、控えめにそう聞いてきた。
「ん? どうした?」
「いえ、あの……武装貝ってどういう魔物なんですか?」
その問いに対し、前を行くユアンが余裕そうに答える。位置的にもう地底湖が近いので、魔物も少ないのだろう。
「貝のくせにやけに硬い鱗に覆われてる……って言われてるやつっすよね」
「そうそう。貝だからもちろん殻を背負っているんだけども、そっちはあんまり硬くない上に小さくてね。体表を覆う鱗が主な防御手段だ」
「なんか想像つかないっすね」
「俺も実際に見たのは一度きりだ」
武装貝はその鱗のせいで体が重く、普段は地底湖の底に生息し、地上に出てくることは滅多にない。
しかし武装貝にはある特殊な性質があった。
「あいつはな、武器で釣れるんだ」
「武器で……?」
イフリが可愛らしく首を傾げたので、俺は笑いながらそれに答える。
まあそう言われたら、そう反応するよね。
「そのままの意味だよ。武装貝は地底湖内の鉱物を摂取して特徴的な鱗を生成するのだけども、なぜか人が鍛えた武器を収集する癖があってね。だからそれを餌に使うと、武装貝を地上におびき出せるんだ」
「そうなんですか……初めて知りました」
まあ知っている冒険者の方が少ないだろう。それぐらいにマイナーでかつ知ったところで使える知識でもない。
とはいえ知識自体は武器だ。剣も魔術も使えない俺の武器は、それぐらいしかなかったら、若い頃は必死であれこれ調べたものだ。
「まだ俺が駆け出しの頃に冒険者の間で流行っていたんだよ、武装貝釣りが」
「へえ。あいつってそんな良い素材が取れるんすか」
ユアンの言葉は半分正しく、半分間違っている。
「武装貝はな、人が作った武器については食べずにそのまま体表にくっつけてしまう生態があるんだ。鱗を生成する分泌液で武器を絡めてそのまま自分を守る鱗として使う。だから、武装貝なんて名前がつくわけだ」
その生態のせいか、『地底湖の底にあるレアな武器を武装貝が拾って体表にくっつけている可能性がある』――なんて噂が流れた。
それで新人冒険者達がこぞって武装貝を釣っては、良い武器がくっついてないかを確かめたのだが……。
「ま、結果としてそんなに上手くはいかなかったよ。なんせ武装貝自体は大して強くはないが、とにかく硬くてな。倒すだけで一苦労だ。それに武器はどれも劣化していて硬いだけの鈍器となっていた。結局、誰もやらなくなった。そもそも、〝地底湖は実は深層に繋がっている〟なんていう噂が同時に流れたせいもある」
「え、繋がってるんすか」
「それは誰にも分からない。ただ深層に繋がっているなら、武装貝から深層の武器を取れるかもしれない……なんて邪念が生まれるわけだ」
「なるほどっすね」
ま、そんな美味い話はないわけで。
そうやって雑談をしているうちに俺達は洞窟は抜け、広い空間へと出た。
「着いたか」
天井は高く、すぐそこにある巨大な地底湖が静かにその水面を輝かせている。
壁や天井にある露出した鉱石から放たれる光のおかげで、ここだけは松明がなくても明るく、幻想的な光景を作り出していた。
「さて、早速準備をしようか」
俺達は壁際に手分けして簡単なキャンプを作ると、早速武装貝釣りを始めることにした。
「餌用の武器はこれを使おう」
俺は背負っていたバッグから武器を取り出す。
それは俺が作った魔剣の失敗作達だ。どうせ売れないし、置いといても邪魔なだけなので、丁度いい。
俺はそれを持ってきた鎖の先に括り付け、地底湖へと放り投げた。
「釣り上げるのは……イフリちゃんに頼めるか?」
鎖を差し出すと、イフリが神妙な顔付きでそれをソッと受けとった。
「壊さないように気を付けます!」
「よろしくな。完全に沈んだら、少しだけ浮かせるような感覚で動かすといい」
「はい!」
さて、ここからは持久戦だ。
なんせ武装貝釣りをやったのは十五年ほど前の話であり、ここ最近武装貝と遭遇したという話も聞かない。
あるいはもう地底湖にいない可能性もある。
「その場合はどうすっかなあ」
なんてぼやきながら煙草を吸っていると、しばらくしてイフリが慌てたような声を出した。
「リギルさん! なんか引っ張られています!」
見れば、少しずつ鎖が地底湖へと引き込まれている。
「早速来たか!? よし、まだおそらく完全には食い付いていないはずだから、ゆっくりと、相手が追えるような速度で引き上げるんだ」
「はい!」
それからイフリが鎖を掴む力を少しだけ強めて、ゆっくりと鎖を引き上げていく。
「ユアンとフィーロは戦闘準備! 俺が用意した武器は装備したな?」
「ちょっとビリビリするけど、問題ないです」
「うっす!」
フィーロとユアンにはそれぞれ魔剣を装備してもらっている。
前衛役のフィーロには、<痺雷の剣>――斬った相手に雷撃と痺れを与える代わりに常に帯電しているという効果を持つ。
斥候役のユアンには、<毒牙の短剣>――斬った相手を毒を付与するが、自身も毒に弱くなるという効果だ。
それぞれ微妙な性質の魔剣で売り物にはならないのだが、その分デメリットも軽く、今回の武装貝相手に効果がありそうなものを選んできた。
「き、来ます!」
イフリの声と共にゆっくりと地底湖の底の方から黒い影が浮かんでくる。
次の瞬間、地底湖の水面が――爆発。
「え?」
「ん?」
「は?」
俺達がそんな声を上げるのも無理はなかった。
まず目の前に現れたのは、武装貝の巨体。
俺の記憶通り、武装貝は殻が一枚しかなく体の大部分が露出している。
その体に黒曜石のような輝きを持つ鱗がびっしりと生えているのだが、それ以上に目を奪うのはその体表に刺さっている無数の武器だった。
まるで剣塚、あるいは戦場跡のようなその姿は、やはり武装と呼ぶに相応しい。
しかも相当に年季が入っているのか、どの武器も鱗と同じ黒曜石のような質感に変質していて、その固体がかなりの年月を生きてきた武装貝であると窺えた。
そこまでなら俺の想定内だ。むしろ予定通りと言っていい。
だがその後に現れたものが問題だった。
「なんだよ……あれ」
フィーロが呆然としたまま、思わずそう言ってしまったのも無理はない。
なんせその武装貝を、食らわんと大きく顎を開けた――巨大なワニが現れたからだ。
ありえない。なぜ。
そんな思いと共に、その姿を見て俺はそれの正体を口にしたのだった。
「嘘だろ……あれは深層に生息しているはずの――〝
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