第7話:顧客その1〝赤鬼のイフリ〟③
翌日。
俺は店の中で、悩んでいた。
最低限の備品も搬入して、店内はすっかりそれらしくはなったが、まだ看板も何も出していないので当然客など来ない。
「メリットとデメリットは決まったが……うーん」
目の前には、魔剣化した大槌が置いてある。
「考え方は悪くないが、これじゃあダメだね。メリットが壊れにくいだけで、デメリットもちょっと重いだけで終わっている」
鑑定してくれたクオンが容赦なくダメ出しをしつつ、いつの間にか用意していた自分専用のマグカップでお茶を飲んでいた。
犬の絵が描かれていて、随分と可愛いらしいマグカップで、似合わないなと思いつつも口にしない。
というかなんかクオンの私物が多い気がするが、気のせいか……?
「これも失敗作だね」
「だな。まあ自分でもこれじゃあダメだろうなあと思っていたさ。明確にイメージしたんだけどなあ」
「話を聞く限り、リギルは頭のどこかで鉄の武器では難しいと思ってるんじゃないか? 元々は重装竜の素材を使ったら~、みたいな考えだったんだろ?」
「ああ……うーん」
確かに言われてみたらそうかもしれない。結構繊細だな、この右手!
「言っておくけど、いくら私でも重装竜の素材なんて調達できないからね。なんせあれは需要がない。鱗一枚ですら、オーガ族三人がかりでなんとか運べるような代物だ。誰がそんなもんを使うんだ」
「分かってるよ。どうせ買う金もないし」
こればっかりはどうにもならないなあ……なんて思っているとクオンが口を開いた。
「代用品ではないが、あいつの素材を使った武器で試すのはどう?」
「あいつ?」
「いるだろ? 地下一階に。重装竜ほどではないが、硬くて重いやつが」
「ああ……あいつか。なるほど、その手があったか」
すっかり失念していた。そういえば、そんな魔物がいたな。
「問題はあいつの素材もまた需要がない点だ。というか普通に探索していたら、そもそも遭遇すること自体がまずないからね」
「となると、取りに行くしかないか」
「その右手でか?」
そう言われると辛い。確かにこの右手でダンジョン潜るのは危険だろう。
「……依頼したら高いからなあ」
冒険者ギルドを介して、冒険者に取ってきてもらうという選択肢もある。
ただしこれには当然、依頼料が掛かる。
正直、あの初日に売った魔剣のおかげで潤ったお財布も、引っ越しやら備品購入やらなんやらでかなり寂しいことになりつつあった。
このままでは一ヶ月もしないうちに、金が尽きてしまう。
そんな俺の悩みを見抜いたのか、クオンがニヤニヤと笑いながら俺へと視線を向けてくる。
「なに、依頼する相手を選べばいい」
「選ぶったって、Fランク冒険者パーティに依頼したとしても結構金が掛かるぞ」
「だから、その中でも選べばいいって話だよ――ほら、丁度いい奴らがいるじゃないか。お前に借りがある、新人が」
そう言われて、俺はようやくクオンが何を言わんとしているかを理解して、苦笑する。
「そういうことか」
「すぐに話をつけてくる」
まるで最初からそうするつもりだったとばかりに、クオンが店から出ていってから一時間もしないうちに――例のあの新人冒険者達パーティのリーダーと斥候役の青年が店にやってきた。
「あ、あの……あの時はその……すみませんでした!」
フィーロと名乗ったリーダーが俺へと頭を下げた。彼は金髪を短く刈り上げた好青年風の見た目でいかにも真面目と言った感じだが、土壇場で暴走する辺り、まだまだ若さが足を引っ張っている。
「俺……リギルさんのおかげで命拾いできたんすよ……ありがとうございます」
斥候役の青年――ユアンがすまなそうに頭を掻いて、謝罪する。こちらは長めの黒髪で、少し痩せすぎな点を除けば、なかなかの美形だった。
「もう過ぎた話だよ」
俺がそう軽く流すも、ユアンは深刻そうな顔のままだ。
「あのあと先輩に教えてもらったんすよ。隠し部屋は別階層の魔物が出現する場合があるから、基本的に最初は回避した方がいいって。なのに、それを知らずに……」
ユアンがしょげた様子を見せるので、俺は笑顔を返すしかない。
誰だってそうやって失敗して成長する。
その代償が俺の右手というのは、若干理不尽に感じてしまうけども。
「気にするな、と言いたいところだが……俺もこの右手に困っていてね。冒険者は廃業したんだが、実は欲しい素材があるんだ」
俺は単刀直入にそう話を切り出した。すると、待ってましたとばかりにフィーロが大きく頷いた。
「はい! 事情はクオンさんからお聞きしました。俺達もあのあとパーティを解散しまして、今は二人なんですけど……何か、リギルさんに恩返しできないかとずっと考えていまして。だから、なんでも言ってください」
「地下一階の地底湖にいる、とある魔物の素材を取ってきてほしいんだ」
「地底湖……? あそこって魔物いるんすか? 魚は釣れるって聞いたことあるけど……」
ユアンが訝しげにそう聞いてくる。確かに地底湖周辺は比較的安全であり、魔物もいないと言われている。
「普通に探索してりゃあまず出会わないやつでな。しかしそうか……二人だけなのか」
斥候役と前衛のリーダーという、最低限戦える体制ではあるが……少し不安が残る。
「そこで提案。イフリちゃんも連れていったら?」
クオンの言葉に、彼女を除く全員が首を傾げたので、俺が代表してその意図を聞いてみる。
「どういうことだ? そもそもあの子の武器のために行くのであって、武器のないまま連れていくのは正直足手まといでは?」
「地下一階程度ならなんとかなるでしょ。それにさっきの魔剣を使えばいい。壊れるかもしれないけど、どうせ売れないやつだし。それに多分、足手まといにはならないと思うよ」
「うーん、流石に不安だな」
「だったらリギルもついていけば? 案内と後ろから指揮するぐらいはできるでしょ? 経験だけは豊富なんだから」
クオンの言葉に、フィーロとユアンが首肯する。
「リギルさんがついてくるなら安心です!」
「次はちゃんとやるっす」
そんな二人を見て、クオンが微笑む。
「だってさ。どうする?」
ここまでお膳立てされたら、断るのも野暮だろう。
「分かったよ。そっちの方が安心なのは確かだしな。ただ、戦力には数えないでくれ」
「了解です!」
「うっす」
こうして俺は再び新人冒険者達を引き連れて、ダンジョンへと潜ることとなった。
「ところでどんな魔物を倒せばいいんですか?」
そうフィーロが聞いてくるので、俺は少し勿体ぶって、こう答えたのだった。
「地底湖の底に潜む、レアな魔物だよ。地下一階の魔物とは思えないほどに硬く重い鱗を持つ巨大貝――〝武装貝〟さ」
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