第6話:顧客その1〝赤鬼のイフリ〟②


 俺の店から路地をいくつか抜けた先。


 その大通りは〝天国通り〟と、冒険者の間で呼ばれていた。

 理由は単純で、その通りの先にダンジョンの入口があるからだ。


 魔物だらけの危険な迷宮から帰還した冒険者にとって、ここはまさに天国と呼ぶに相応しい場所だろう。


 そんな通りの中でも一際賑わっている酒場があった。


 通りにまでテーブルと椅子が出ていて、冒険者達が酒を飲みながら冒険譚を語り、あるいは黙祷を捧げている、いつもの光景。


 〝燃える牙城亭〟――それがその酒場の名だ。

 ラゼで初めて深層へと挑戦した、伝説的な冒険者が引退して始めたというこの店は、験担ぎで探索の前に、あるいは冒険の後に来る冒険者で溢れている。


 俺は顔馴染みの何人かに手を挙げて挨拶をし、店の中へと足を踏み入れた。

 中は広く、中二階のテーブルまで客で埋まっている。


 この酒場にはルールが一つだけある。

 

 〝酒に溺れるのは結構。だけどもみんな、〟。


 伝説的な冒険者すらも尻に敷いたという、肝っ玉女将が仕切るこの店で暴れるバカはいない。そのおかげで珍しく治安のいい店でもある。


 喧騒に揉まれながら俺は、カウンター席に見知った広い背中を見付けたのでその横へと座る。


「よう、ジン。相変わらずデカいな」


 俺がそう声を掛けたのは額から鈍色の角が生えた男だった。その巨体は席二つ分を占領している。


「ん? なんだリギルか。相変わらずシケた顔をしている。金なら貸さないし、酒も奢らないぞ」

「分かってるよ。開口一番それかよ――俺、いつもので」


 笑顔を振りまく店員に俺はそう注文し、Aランクパーティ〝レッドブロッサム〟の前衛を任されているオーガ族の戦士、ジンへと視線を向けた。


 彼の前にはそのゴツい手に不釣り合いな、繊細な装飾が施された小さな杯が置かれていて、透明な酒をそれでちびちびと飲んでいる。

 

 料理も酒のアテになるような小皿ばかりだ。


「そんなんで腹の足しになるのか? ジンの前にあると、余計に小さく見える」

「俺は小食なんだよ」


 ジンが真面目な顔でそう答える。


「それでその巨体と筋肉を維持できてるのが凄いよ」

「鍛え方が違う」


 俺の前に冷えたエールの入ったジョッキが置かれたのを見て、ジンが杯を掲げた。それに俺も応えてジョッキを掲げ、口を付けた。


 清涼感とほろ苦さが喉を通る快感。


 最近この街でも導入された冷気魔術を応用した魔導具のおかげ飲めるようになった、このキンキンに冷えたエールが最近の俺のお気に入りだ。


 これと熱々のソーセージが最高なんだよなあ。


「それで、何か用か?」


 ジンがその透明な酒――ロンガロン大陸産のキビ酒をちびりと飲み、そう聞いてきた。


「ああ、ちょいとオーガ族について聞きたいことがあってね」


 俺は煙草に火を点けて、煙をもわりと吐いた。


「俺に答えられる範囲なら教えてやる。オーガ族は義理堅い――これは情報その一だ」

「それは知っているよ。だからこうして甘えさせてもらっている。そうだなあ、まずはオーガ族の〝恩寵ギフト〟についてだが」


 俺がそう口にすると、ジンが傾けていた杯をスッとカウンターへと置いた。


「〝怪力乱神〟か」


 何か思うことがあるのか、ジンが珍しくしかめ面になる。


「そう。ジンは会ったことあるか?」

「大昔に故郷で一人だけ。だが出会った時には既に廃人に近かった」

「そいつはやっぱり素手だったか?」

 

 俺の質問の意図にすぐ気付き、ジンが首を横に振って否定する。


「いや、を使っていた。ふむ、どうやら噂は本当のようだな」


 ジンが俺の右手のグローブへと視線を向ける。


「武器屋に転向したのか、リギル」


 どうやら早速噂になっているようだ。きっとクオンの仕業だろう。


「……事情があってね」

「冒険者、辞めるのか」

「右手がこうなってはね」

「バカな新人を庇ったと聞いた。相変わらずだな」


 ジンが笑って、俺の肩を叩いた。


「ほっとけ。後悔はしてないからいいんだよ」

「そうか。だがあの女狐と組むのは止めとけ。ろくな事にならないぞ」

 

 ジンが心配そうな顔で忠告してくる。

 クオンはそのやり口や性格のせいで、わりと冒険者からは嫌われがちな存在である。


 ジンも例外ではなく、きっと過去に何か痛い目にあったのだろう。


「まあそう言うなよ。あいつもあいつで色々と考えてくれているんだ」

「お前だけにはなぜかあの狐は甘いからな。だがあいつに〝死狐〟なんて物騒な二つ名が付いていることを忘れるなよ」

「分かってるって。それより聞かせてくれ、その〝恩寵ギフト〟持ちが使っていた武器について」


 それを聞いて、ジンがキビ酒の追加を頼む。


「武器と言っても、あまり使い物にはならなかったがな」

「どんな武器だ?」


 もしかしたら、何かヒントになるかもしれない。


「大槌だよ。だが素材が普通と違う」

「ほう! それはどんな素材を使っていたんだ?」

「……クラックゴーレムのコアを使っていた」


 クラックゴーレム。それは古代の魔術師が作った土人形であるゴーレムの中でも、かなり特殊なものを示す。


 本来、頑丈で硬い素材で作られているゴーレムだが、クラックゴーレムはそれに比べると脆い素材でその体が構成されている。


 それだけを聞くと弱そうに聞こえるが、実際のところ通常のゴーレムよりも遥かに厄介なのだ。


 その理由は一つ。


「そうか……か!」

「そうだ」


 クラックゴーレムが厄介なのは、脆い代わりにコアを破壊しないと何度も再生してしまう点だ。


 その力を逆手に取って、誰かがコアを使って武器を作ったのだろう。


「すぐに武器が壊れるのなら――壊れてもすぐ直る武器を使えばいい。そういうことか」

「ああ。俺の知っている男は、その武器で最後まで戦っていたな」

「なるほど……なるほど!」


 悪くないアイディアだ。

 ただ問題がある。


「お前が何を求めているかは知らんが、真似するのは止めとけ。あれはもはや苦肉の策であって、答えではない。結局、普通のオーガが鍛えられた武器を振るった方が遥かに強かった」

「そもそも……クラックゴーレムはこのダンジョンにはいないんだよな」


 それが何よりも致命的だった。手に入れようにもクラックゴーレムが生息する、ロンガロン大陸から仕入れるしかない。


 途方もない金と時間が掛かるだろう。


 ふううううと白煙を吐いてから、俺は煙草を灰皿へと捻って火を消す。


「だけどもヒントにはなったな。魔物の素材を使うのは悪くない」


 これまで魔剣化させたのは全て鉄製の量産品だ。

 もしかしたら呪いの効果も素材によって変わる可能性がある。


「リブリスは良い戦士だった。だが優しすぎた。欲を掻いたのだ。だから死んだ」


 ジンがいきなり見知らぬ名前を口にした。リブリス? 誰だろう。


「情報その二。オーガ族は身内に甘く、そして独自の情報網を持っている」

「そういうことか」


 話の流れからして、リブリスは……おそらくイフリの母親のことだろう。


「そういうことだ。リブリスはな、可愛い娘のために深層に向かったそうだ。いつか自分が死んだ時に娘が独り立ちできるよう、素材を探しに。それがあれば――。そう言っていたとか」


 まさか、リブリスは何か答えを見付けていたのか?


「素材……何の素材だ。教えてくれ」

「深層にいる重装竜の素材を求めていたそうだ」

「重装竜か……」


 そもそも竜という魔物自体が厄介なのだが、最近発見された新種である重装竜は、その硬さと重さに特徴があった。


 驚くほど重く、硬いその装甲はあらゆる武器も魔術も弾くという。その動きは重さゆえに鈍いはずなのだが――深層にあるという、重力が乱れる階層を根城にしており、脅威的な速さで動き回るそうだ。


 話を聞くだけでも、嫌すぎる相手だ。


「硬いが故に重い。それにリブリスは希望を見出したんだ。あるいは〝怪力乱神〟すらも耐えうる強度を持つのではないかと。その素材を使った武器は間違いなく常人には扱えない重さになってしまうが、この場合は枷にすらならない。神より与えられし力をもってすれば、重さは破壊力へと繋がる」


 その言葉で俺は確信した。

 ああ、これだ。これでいいんだ。


 イフリの為の魔剣のメリットとデメリットが今、明確に決まった。


「なあ、ジン。〝絶対に壊れない代わりに、〟――そんな武器を持った〝恩寵ギフト〟持ちがいたらどう思う」


 俺がジンに問うと、彼はキビ酒を一気に飲み干して豪快に笑った。


「それはもう、手が付けられないほどに強いだろうな」


 それが答えだった。


「俺はそろそろ帰る。何か手伝えることがあったら、いつでも言え」


 そう言って、ジンが去っていった。

 それからしばらくして俺が帰ろうとお会計をした時。


「もう、ジン様からいただいております。駆け出しの頃に世話になった礼だと」


 と言われて、俺は肩をすくめるしかなかった。


 やれやれ、本当にオーガ族は義理堅いな。









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