第5話:顧客その1〝赤鬼のイフリ〟①
オーガ族――それはこのラザのあるヴェルハール諸島よりずっと南に位置する、ロンガラン大陸に住む亜人族の一種だ。
彼らは額に特徴的な角を生やしており、身体能力が高く、恐れを知らぬ勇猛果敢な種族として、冒険者の間では前衛の戦士として重宝されている。
ゆえにこのラザでも見掛けることは少なくはない。しかし、これほど幼いオーガ族を見るのは俺も初めてだった。
「えっと、とりあえずまあ座りなよ、イフリちゃん……だっけ」
「は、はい!」
俺はさっき掃除したばかりの椅子をイフリに勧めると、彼女はやけに慎重な動きでそれへと腰掛けた。まるで繊細なガラス細工でも扱うような慎重さだ。
その間にどこから持ってきたのか、クオンがティーポットとマグカップを用意して、お湯を湧かしはじめる。
「一応最初に言っておくけど、俺はまだ魔剣作りを始めたばかりでな。希望通りにできないかもしれないが、それでもいいのかい?」
俺がそう尋ねると、イフリはコクりと小さく頷いた。
「クオンさんからお話は大体聞いています。あたしはまだFランクの冒険者なんですけど、どうしても魔剣が欲しくて……でも深層には潜れないし、買うにしても手が出なくて」
「なぜ魔剣を? オーガ族なら普通の武器を振るっても強いと思うが」
「そ、それには事情がありまして……」
それからクオンが淹れたお茶を飲みながら、イフリがぽつぽつと自分のことを語りはじめた。
***
その異常さに最初に気付いたのは、彼女の母親だった。
オーガ族の習わしとして、子供達は幼い頃から武器の扱い方を学び、同世代の子よりも発達が遅れていたイフリもまた、例外ではなかった。
しかし――そのどれもが上手くいかなかった。
『また壊れちゃった……』
そう悲しい顔で報告してくるイフリに母親は疑問を覚えた。見れば、練習用の棍棒の柄が――まるで
『どうして壊れたの?』
そう聞くも、イフリはただ一言しか言わなかった。
『握っただけ』
握っただけ。いくらオーガの筋力がヒューマンのそれと性質も性能も比にならないほどのものでも、まだ五才になったばかりの娘に頑丈で有名な
そこで母親は試しに鋼でできた包丁を握らせた。柄は鋼の上に革を巻いただけのものだが、オーガ族の成人である母親の力を以てしても、それを握り潰すことなど到底不可能な代物だ。
しかし――
『……ごめんなさい』
イフリがそれを握るとあっけなく柄がひしゃげ、潰れてしまった。
そこでようやく、母親は自分の娘が特別な存在であることを確信する。
この世界には多種多様な種族が住んでいるが、その種族事に、極々低確率で、神より与えられし異能――〝
そしてオーガ族に与えられる〝
規格外の膂力を持つが代わりに魔術が使えなくなり、また魔術に対する耐性も上がるという効果を持つ。
母親は知っていた。
この〝
どのような名工が打った武器でも少し振るえばすぐに壊れるがゆえに、殆どの者が最後には素手での戦闘を余儀なくされる。
しかし魔術に対する耐性は上がれども、肉体が頑丈になるわけではないので、すぐに拳も使い物にならなくなる。
さらに日常でもちょっと力を入れるだけで握ったものや触れたものを破壊する為、結果として英雄として祭り上げられて戦死するか、あるいは破壊者として追放されてしまうかのいずれにしかない。
自分の娘は気が弱く、戦闘を好むような性格をしていないことも分かっていた。
ゆえに母親は決断したのだった。
『イフリ、この力のことは忘れなさい、隠しなさい。決して人前では振るってはいけません』
それからイフリは母親と隠れるように里を去った。ロンガロン大陸で戦争に明け暮れるオーガ族の内にいてはいずれ見付かり、いいように利用されるのが目に見えていたからだ。
そうして流れに流れ、イフリが十歳の時、彼女と母親はこのラザへとたどり着いた。
冒険者として名を上げた母親の下、イフリは日常生活に不便しながらも何とか暮らしていた。しかし半年前に、母親がダンジョンで行方不明に。
ダンジョンの深層へと挑戦する、〝
待てど暮らせど帰ってこない母親。周囲からは、死んだに違いないと言われ――イフリは決心する。
お母さんを、助けにいかないと。
こうしてイフリは冒険者となり、母親がいなくなったという深層を目指すことになったのだが――
***
「でもこの力のせいで、全然武器が使えなくて一回使うだけで壊れちゃうんです。素手での戦闘もすぐに手がダメになっちゃって……その治療代だけでお金がなくなりました……」
イフリが悲しそうな声でそう締めくくった。
なるほど……だから椅子に座る時もあんなに慎重だったんだな。
「で、私に相談してきたわけだ。でも、どれだけ頑丈で硬い武器を用意しても使い物にならなくてね。魔剣ならあるいはと思ったけど、早々にそんな良い魔剣も見付からなくて諦めてもらったんだけど……リギルならなんとかできるんじゃないかと思って、先日連絡しておいたのさ」
「……ふむ」
事情は分かったし、俺が作るべきものはなんとなく理解した。
「しかし……珍しいな」
俺が思わすそう言葉を零してしまう。
「ん? 何がだい?」
「いや、クオンがそこまで肩入れするなんてさ」
そんな俺の問いに、クオンがいつもの意地悪そうな笑みを浮かべた。
「そりゃあイフリちゃんには……いっぱい稼いでもらわないと困るからね」
「は、はい!」
クオンがイフリへとニコリと笑いかける。それを見てイフリがぎこちない笑みを返すのを見て、俺は大体の事情を察した。
「てめえ、さては壊れた武器代まで取りやがったな」
「商人として当然のことだろ? 試用して壊れたら買い上げてもらうのは当たり前だ」
「そりゃあそうだが……」
俺はイフリに思わず同情してしまう。ああ、君も俺と同じ借金仲間というわけか。
「な、なんとかできませんか、リギルさん!」
イフリが一生懸命な様子でそうお願いしてくる。それを見て、断れる男はいないだろう。
「分かった、なんとかするよ。とはいえすぐにどうこうは難しいな。まず魔剣にするにしてもどんな武器で、どんな効果を付与させるかを考えないと」
「メリットはある程度は決まりそうだが、それに釣り合うデメリットが難しいねえ」
クオンの言う通りで、メリットは単純明快だ。
〝絶対に壊れない〟――そういう効果を付ければいい。
ただ問題はこれに釣り合うデメリットが何か、という点だ。
下手なデメリットを付けても、それの効果が薄いとメリットも弱くなってしまう。
「数日、時間を貰ってもいいかな。ちなみに使いたい武器の希望はあるかい?」
「どの武器も苦手で……ごめんなさい」
シュンと縮こまって謝るイフリを見て、俺は思わず手でそれを止めてしまう。
「い、いや大丈夫だよ! しかし、ふーむ」
俺が考え込むとクオンが心配するなとばかりに俺の肩を叩く。
「そこはあまり気にしなくてもいい。もし壊れない魔剣を作れたとしたら、多分それがどんな武器だろうと――イフリちゃんが使えば最強となる」
クオンが自信満々にそう断言した。
「とりあえず何か考えてみるよ。また二日……いや三日後に来てくれるかな?」
「はい!」
そうしてイフリが嬉しそうに去っていった。
「さて、と。どうすっかねえ」
俺はぼやきながら、いつものくせで煙草を取り出してそれに火を点けた。
紫煙がゆっくりと天井へとと立ちのぼる。
壊れない武器。それに見合うデメリット。
さらにどんな武器ならその効果が最も効果的か。
考えることが多い。
「武器ならいくらでも用意してやる……格安で」
「金取るのかよ」
「当たり前だろ。ここから先はリギルの商売だからな。ま、相談ならタダで乗るがね」
「そうだな……少し考えてみるよ」
結局その日は、掃除と片付けだけで終わってしまった。
クオンがいくつか武器を置いて帰ったあと、俺はとりあえず夜の街に繰り出すことにした。
目指すは、冒険者達が集まる酒場だ。
「情報収集といきますか」
全ての仕事は事前の用意でその成否が決まる――そう俺の師匠がいつも言っていた。
こうして俺は、低ランクから高ランクまでの様々な冒険者が集まる酒場の一つ――〝燃える牙城亭〟へとやってきた。
さて。まずは彼女に相応しい武器について色々と聞いてみますか。
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