第4話:エランデラ冒険者小路

 

 数日後。


「じゃじゃーん! ここが私達の城だ!」


 やけに機嫌がいいクオンに案内されたのは、この迷宮都市ラザでもっとも迷宮の入口に近い位置にある、冒険者向けの店が揃う路地裏だった。


 ラザは山の上……というよりも、と形容するがおそらくは正しい不思議な形状をしている。


 ここはこの街の名前の由来にもなっているラザ山の山頂にある、巨大なすり鉢状の火口跡の中に作られた都市で、最下部で発見されたダンジョン――〝絶塔ラフカ〟によって得られる資源や集まってくる冒険者達の落とす金で発展したという。


 ラザはすり鉢状の形状から中央に行くほど低くなっていて、上層部には行政関係や富裕層が住む地区があり、中層には下級市民、下層には貧民街と明確に分けられている。


 しかし街の最下層にあるダンジョンの入口近辺だけは、冒険者向けのギルドや店舗や宿、飲食店が揃っていて、ここだけ異様な雰囲気だ。


 そんな最下層の中でも、特に小さな路地が立体的に交差し、大通りに比べて幾分かマニアック店が並ぶこの区画は、エランデラ冒険者小路と呼ばれていた。


「ここか?」

「そうだ。というか、予算内で収めるにはここしか空き物件がなかった」


 そこはどう見ても冒険者向けの宿だった。しかし路面から少し階段を降りた位置――いわゆる半地下、と呼ばれるところに宿とは別の店舗らしきスペースがある。


 店というから少し期待していたが、なんか思ってたものと違う。


「なんでがっかりしてるんだよ~。小さくてもお店はお店だろ? ふふふ、ワクワクしてきたなあ」


 なぜかクオンが一番楽しそうなのが、不思議だ。


 彼女は有名な武器商人で、Sランク冒険者も贔屓にしているとか。なのでかなり稼いでいるはずなのだが、自分の店舗を持つことはなかった。


 そういう商売のやり方なのかと勝手に納得していたが、この様子を見るにそうでもなさそうだ。


「半地下だけども路面店と言えば路面店だし、売る物が特殊なのでこれぐらいの方が隠れ家感があっていい。さらに上が宿ってのがさらにいいな! 嫌でも冒険者が通る導線上だ!」


 クオンの説明に曖昧な頷きながら、俺は彼女に渡された鈍色の鍵で店舗の扉を開ける。


 扉が開くと、埃と鉄さびの臭いがふわりと漂ってくる。


 中はさほど広くはない。とはいえ武器を陳列できそうなスペースはそれなりにあるし、何よりも元々は何かのお店だったのか、それらしいカウンターまで用意されている。


「ここは武器の修理や強化専門の鍛冶職人が使っていて、数年前に腰をやられたらしい。治ればまた店をやるつもりだったらしいけど、結果として引退することを決めたらしい」


 クオンが手慣れた様子で鞄から布切れを取り出し、カウンターの上を丁寧に拭いていく。


 俺も慌てて一枚もらい、道具入れらしき棚の掃除を始めた。


「なるほど。それでここが空き店舗となったわけか」

「そういうこと~。大家は上にある店舗の女主人なんだけど、実は知り合いでね。格安で借りれることになった」

「ちなみにいくらなんだ?」

「なんと、ひと月たったの十万ガル」


 クオンが両手の指を広げて、俺へと向けてくる。


「あんまり安くはないな」


 俺の今住んでいる部屋の家賃が三万ガルと考えると、十万ガルはかなり高く感じてしまう。いやでも、店舗の家賃としては安いのか……?


「店舗スペースの奥に倉庫ともう一つ小さな部屋があるからそこに住めばいい。先代もここに住み込みだったらしいから、ちゃんとトイレもあるぞ。風呂は上の宿のものを無償で貸してくれるそうだ」


 そう言われて俺は店舗スペースの奥へと続く廊下に入ってみると、確かにトイレと、その奥に狭めの倉庫があった。見ればベッドの枠と小さな机が置いてある小部屋が倉庫に隣接している。


 確かに住める環境にはなっているな。


「どうだ? なかなか良さそうだろ? それとカウンターの横に簡単な炊事場があるから飯はそこで作れるし、上の宿の食堂で食べてもいい」


 店舗スペースに戻ってきた俺に、クオンがどうだとばかりに、俺を見つめてくる。


「ああ、これなら十万ガルは安いと思う。ありがとう、クオン」

「お礼はいらないよ。これからたっぷり儲けさせてもらうからね」


 ニシシ、と笑うクオンを見て俺は思わず苦笑してしまう。こうなると、ケツの毛までむしり取られそうだ。


「とりあえず今日は掃除と引っ越しだな」


 俺の言葉に、クオンが頷く。


「そうだね。本当は魔剣もいくつかストックしておきたいところだけども……安定しないからなんとも」

「そう言うなよ。俺だってイマイチこれの使い勝手が分からないんだから」


 <呪い封じのグローブ>を付けた右手を見て、俺はため息をついた。


 ここ数日、クオンに渡された武器の魔剣化を試みたが、やはり思ったほど上手くは作れなかった。


 初日に作れたあの<氷魔のナイフ>(クオンが命名した)と、そのあとにクオンの提案で作った<炎魔のナイフ>以外はイマイチだ。


「メリットとデメリットのバランスと効果を考えるのが難しすぎるんだよなあ」

「そこが課題だね。メリットを大きくすると、想定以上にデメリットが大きくなってしまう。かといってメリットを小さくすると、魔剣としての意味がなくなるからね」

「むしろあの<氷魔のナイフ>と<炎魔のナイフ>はあんなデメリットで良く売れたな」


 <氷魔のナイフ>と同様に、<炎魔のナイフ>も、斬った相手を炎上させるが同時に自分も燃えてしまうという、何とも危険な魔剣らしい魔剣となっていた。

 

 あんなもんを実戦でどうやって使うのか、俺には想像ができない。


「ん? ああ、あれはね……一対の双剣として売った」

「双剣?」

「片方は斬れば自分が凍る。片方は斬れば自分が燃える。なら両方同時に使えば?」

「……まさか相殺されるのか?」

「正解! って売り込んだら買ってくれた物好きがいただけ。実際、相殺まではいかなくてもそれなりに使えたみたいよ?」


 なるほど……その考えはなかったな。

 一見するとかなり使いにくいデメリットがあっても、それを相殺できるメリットがあるもう一本を持てば、実戦に耐えうるわけか。


「ただまあ、リギルなら分かると思うけど、武器の二刀流ってかなり扱いが難しい玄人向けだから、使い手が少ない」

「それは確かにそうだな」

「だからそればっかり売るわけにもいかない」

「そうか……だけども、ヒントにはなったな」


 考え方次第か。


「それでね、一つ提案」


 クオンが掃除していた手を止めると、俺へと近付いてくる。

 ふわりと香る甘い香りが、鼻をくすぐる。


「なんだ?」

「店舗としても一応やるけども、本命としてオーダーメイドで魔剣を作るのはどう?」


 柔らかな笑みでそう提案するクオン。本当になぜかは分からないが、最近クオンが妙に優しい。


 俺、そのうちこいつに煮るか焼かれるかして食われるんじゃないか……?


 なんて疑念を頭から払いつつ、言葉を返す。


「オーダーメイド?」

「魔剣ってのは汎用性がないものでしょ? 尖りすぎて使い手を選びすぎる。でも裏を返せば、相手が求めるものにピタリとハマる魔剣もあるわけだ」

「ふむふむ」

「で、リギルはある程度イメージで魔剣を作れる。とはいえ、たまたま上手くいくことはあっても確実性と再現性がない。<氷魔のナイフ>だって二本目は作れなかった」

「そうだな」


 あれからクオンに言われて二本目の作成を試してみたが、同じようにイメージしても同じものは作れなかった。


「あれは多分、イメージが弱まってしまったから」

「ふーむ。なんとも曖昧というか抽象的というか……」

「だからイメージを強くするためにも、魔剣を必要とする相手がいればいいと思う」

「ははーん、なるほどね」


 クオンの言いたいことが分かった。つまりこれは絵を描くことと似ているわけだ。いきなり猫を描けと言われても、なんとなくは分かっても細部までは分からず、猫のような何かしか描けないだろう。


 だが逆に目の前に猫がいれば、詳細な猫の姿が描ける。


 もちろん描く技術があればの話だが、実物があるのとないのとではその絵のそ精度は違ってくる。


 魔剣も同じというわけか。


「だから実は一人、今日呼んである」

「へ?」

「もうすぐ、来る頃だと思うよ――ほら」


 そう言って、クオンが入口へと視線を向けた。

 すると入口の扉がゆっくりと開いていく。


「あ、あの……魔剣屋さんって……ここですか?」


 か細い声と共に入ってきたのは、可愛らしい少女だった。

 

 肩辺りまで伸びた赤髪。

 幼いながらも目鼻立ちがはっきりとした美少女で、どこかオドオドした態度が、庇護欲をそそる。


 だが何よりも目を引くのは、その額から生えた金属質の尖った角だろう。

 それは彼女が俺と同じヒューマンではなく、オーガ族である何よりの証拠だ。


「ここで合っているよ、イフリちゃん」


 クオンが笑顔でそのオーガ族の少女――イフリを手招きする。


「さあ、〝魔剣屋〟の初仕事だ。気張れよ、リギル」

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