第3話:試行錯誤


「よし、まずはこいつを魔剣にしてみよう」


 そんなことを言ってクオンが自分の鞄から短剣を取り出して、俺へと渡してくる。


「いいのか?」

「どうせ安物だから構わない。心配しなくても金は取らんよ」


 その言葉を聞いて安心すると同時に、少し警戒してしまう。これまで一ガルすら値引きしてくれなかったクオンが、タダで売り物を使わせてくれるなんて。


 今日は槍が降ってくるかもしれない。


「分かった。しかし、本当に上手くいくのか……?」


 俺はグローブを外すと、右手でその短剣に触れた。

 もし失敗したら、あとから短剣代とか請求とかしてこないだろうな? そうなったら流石に【値引きでもしてもらわないと】

 

「うおっ」


 すると俺の右手の黒い紋章が怪しく光り、短剣の刀身が赤く染まっていく。右手を離すと、柄には黒い紋章。


 俺のロングソードとはまた違う変化だ。


「やはりか」


 クオンが納得とばかりの声を上げてその短剣をひょいと摘まむと、また検分を始めた。青い瞳が微かに光っているところを見ると、おそらく鑑定系の魔術を使っているのだろう。


「やはり魔剣化しているな」

「おお……どんな効果が付与されているんだ?」

「うーん。これには――〝この短剣に斬られた者はなぜか値切りに応じたくなる気持ちになるが、代わりに使用者に対する好感度が激減する〟という力が付与されているな」

「……なんじゃそりゃ」


 効果も微妙だし、デメリットが嫌すぎる。というか、斬られたら誰だって好感度なんて下がるだろ。


 魔剣と呼ぶにはあまりにしょぼすぎる。


「お前、これ私に使うなよ」


 クオンが目を細めて、ジトッと俺のことを見つめてくる。


「使うか。そんなことしたら死ぬより恐ろしい目に遭いそうだよ」

「まあいいや。しかしやはりというか、毎回同じ効果が付与されるわけではないんだな」

「うーん……」


 魔剣ってもっとなんかめちゃくちゃ強い効果が付与されてるもんじゃなかったっけ? 流石にこれはいくら魔剣と言えど、売れないだろう。


「ふむ。もう一つ作ってみてくれ。今度は、どういう力を付与するかイメージしてみるのはどう?」


 クオンが今度は手斧を渡してくるので、俺はそれをまず左手で受けとった。


「イメージ?」

「もしかしたらそういうことが影響しているのかなあと。ただの推測だよ」

「なるほど……」


 言われてみればあのロングソードを握った時も、自分はどうなってもいいから、一撃かましたい……的なことを考えていた気がした。さっきもクオンに値引きしてもらおうとか考えていたっけ。


 よし、ならば次はちゃんと強いイメージを持とう。


 そうだなあ……手斧となると投げることもあるよな。だったら――


 俺はイメージを持ちながら、手斧に右手で触れた。

 やはりさっきと同じ現象が起きて、今度は刀身が茶色に染まる。


「さて、今度は?」

「試してみよう。クオン、俺の後ろに」


 俺は手斧を持ち、クオンが俺の背中側に回ったのを確認してから、それを力も入れずに上へと投げた。


 すると――


「ほう」


 クオンが感嘆の声を上げる。


 真上へと投げたはずの手斧がひとりでに回転し、そのまま扉の方へと向かっていき、丁度扉の真ん中へと命中。しかし刃は刺さらず弾かれて、床へと落ちた。


「動きはイメージ通りだが……」


 俺は手斧を拾うとクオンに手渡して、鑑定をしてもらう。


「なるほど。〝投げると狙った物に必ず命中するが、代わりに傷一つ付けられない〟手斧か」


 クオンが命中したはずの扉に傷一つ付いていないことを確かめて、鑑定結果を教えてくれた。


「うーん。前半部分はイメージ通りだったんだけど、デメリットがキツすぎるな」

「ふむ。つまりデメリット部分を操作するのは難しいってことか」


 どうにも暗雲が立ちこめてきた。この調子じゃ、売り物作るのにかなりの数の武器を消費しそうだ。ちゃんとした魔剣が出来上がる前に破産するぞ、これ。


「例えば、呪いの上書きはできない?」


 クオンにそう言われて、右手でもう一度手斧に触れてみるも変化はない。


「ダメか……ふーむ。上書きは無理と」

「デメリット部分をどうにかできればなあ……ただそうなると流石に都合が良すぎるか」


 俺がそう言葉をため息とともに吐いていると、クオンは何かを考えはじめたのか、部屋をうろうろと歩き始めた。


 それは彼女のクセのようなもので、久々に見た気がする。それほどまでに真剣に考えてくれているのだろう。


「……ふむ」


 何かを思い付いたのか、クオンが足を止めた。


「ちなみにこれは仮説だが、デメリット部分に関して実は、リギルの無意識が影響を及ぼしているんじゃないか?」

「無意識?」

「そう。例えばあのロングソード。あれは自分がどうなってもいいから、という強烈なイメージがあったからそういうデメリットになったのだろうが、短剣についてはそこまで考えていなかっただろ?」

「確かに。手斧もそうだな」


 クオンが魔剣化した短剣を手に取った。


「だけども、こう考えてみるとどうだろう。短剣については、金のないリギルは、〝もし万が一失敗して短剣代を請求されたら、値切りしよう〟と考えていた。同時に、でもそんなことを言ったら嫌がるだろうなあという無意識があった。だからああいう効果が付与された」

「なるほど……」

「手斧も分かりやすいな。投げたら必中するというイメージと同時に、〝それを証明するために扉に投げたら、扉に傷がついて大家に怒られるよなあ〟とかなんとか無意識で考えていたんじゃないか?」

「言われてみれば、そうかも」


 なるほど……俺の無意識の恐れや心配がデメリットとして出てしまったわけか。


「要は、ロングソードの時のようにデメリットまでしっかりイメージすればメリットもデメリットも操作しやすいってことだ」

「よし、やってみよう」


 クオンが取り出したのは小振りのナイフだ。


「イメージはこうしよう。〝斬った物体を凍らす力を持つが、代わりに体温が一時的に低くなる〟。できるか?」

「やってみる」


 俺は言われた通りにイメージしながら、ナイフに触れる。


 例え自分が凍えてもいいから、相手を凍らせたい! そういう強いイメージを持った結果――ナイフの刀身が白く染まる。


「いいぞ! 今回は良さそうだ。よし、早速使ってみよう」


 クオンが待てないとばかりに、俺の机の上にあった食べかけのパンを上に軽く投げると、白くなったナイフで斬りつけた。


 キンッという涼しげな音が響き、斬られたパンが氷に覆われ、凍り付いたまま床に落下する。


「おお! デメリットの方はどんな感じだ」


 そう言って俺がクオンへと視線を向けると――


「さ……さむい!! むり!」


 クオンが青ざめた顔でガタガタと震えていた。見ればナイフを握っていた指は薄らと氷に覆われている。その氷が徐々に指から腕へと広がっているのを見て、俺は無理矢理そのナイフを彼女の手から外して、床へ落とす。


「クオン!」


 俺は慌てて毛布をクオンに被せて、右手で触れないように抱き寄せた。

 彼女の体は腕だけじゃなく、体全体が氷のように冷たくなっている。


「デメリットが強すぎたか! すまん!」


 歯をガチガチと鳴らしながらも、クオンが俺の腕の中で無理矢理笑みを浮かべる。


「で、でも……か、仮説は、た、正し、かった! イ、イメー、ジ、通り、だ!」

「バカ、無茶するな」


 それからしばらくして、ようやく体温が元に戻ったクオンはなぜか上機嫌だった。


「ふふーん、これは売れるぞ! よくやったリギル!」

「あんなことになってもそう言えるのが凄いな……商魂たくましいというかなんというか……」

「よし、次はこれを作ってくれ。イメージはこうだ――」


 そうしてその日はクオンと共にアレコレ試行錯誤した結果、いくつかそれらしい魔剣が完成した。


「早速売ってくる!」

「お、おう」


 結果として――俺は一夜で、これまでに稼いだことがない額の金が手元に転がり込んできた。


「二本売れた!? しかも六十万ガルで!?」

「いけるぞ、リギル! こうなったらもうあれだ、これを元手に店を作っちゃおう!」

「はああ!? 店!?」


 こうして……俺はクオンに半分乗せられた形で、魔剣専門の武器屋を始めることとなったのだった。


 魔剣屋リギルの始まりである。

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