第2話:〝連呪〟の呪い


「おーい、起きろアホー。せめて金返してから死ね~」


 ペチペチと頬を叩かれた感覚と甘い匂いで、俺は目を覚ました。


「……あれ」


 目の前には、整った顔があった。


 長くさらりとした金髪に、その上で揺れる狐耳。その顔はどこか意地悪そうな印象を与えるが、やはり美人だと言わざるを得ない。


 背が高くスラリとした体型のわりに胸が大きく、わりと目の行き場に困る相手だ。


「……クオンか」


 俺はその女の名を口にする。クオンは見ての通り狐獣人フォクシアンであり、背後にはモフモフの尻尾が揺れている。彼女は冒険者ではなく主に武器を扱う商人で、腐れ縁で色々と世話になっている。


「やっと起きたな、へっぽこ冒険者め」


 上半身を起こすと、そこは俺の部屋のベッドの上だった。


「あれ……俺ってダンジョンで倒れたはずじゃ……どうやって俺は助かったんだ?」


 それにあの冒険者達はちゃんと地上に戻れたのだろうか。

 俺はそんな心配をしながら、足を床に降ろしてベッドサイドに腰掛けた。


 なぜかカースドナイトを倒せたところまでは覚えているが、その後については記憶が一切ない。


 するとなぜかクオンが尻尾をピンと立てながら、そっぽを向いた。


「たまたま私が近くを通り掛かって、助けただけ。いくつかアイテム使ったからその分も借金に上乗せしとくからな」

「そうか。ならあのパーティも無事だったんだな」

「……まあね」


 何か含んだような言い方に違和感を覚えるも、無事だったのならそれでいいかと思い直す。借金はまた増えてしまったが……。


「それならよかった。ありがとう、クオン。また借りができてしまったな」


 するとクオンが俺の右手を掴んだ。その顔にはいつもの意地悪な笑みも、小馬鹿にするような顔もない。


「よくはないぞ、リギル。お前はそんなんだから、いつまで経っても底辺って笑われるんだ」

「それ、よく言われる」


 ヘラヘラと笑う俺を、クオンがなぜか悔しそうな顔で睨み付けてくる。


「大事なランク昇格試験の時にバカな小娘を助けたり、金を稼いでもすぐに救護院に寄付したり……」

「あはは……あったなあそんなことが。それが今じゃ随分と立派になって、説教までしやがる」

「今回だってそうだ! その右手のグローブを外してみろ」


 クオンが掴んだ右手を俺の目線まで上げた。なぜか俺の右手には革製のグローブが装着されていた。よく見れば、聖印と呼ばれるものがいくつも刻まれていて、そこそこ貴重なマジックアイテムなのが分かる。


 なんでこんなものが右手に?


 そう思って左手でそれを外すと――


「……これは」


 俺の右手の肘から先に、何か不吉さを感じる黒い紋章が刻まれている。まるでタトゥーのようだが、もちろんこんなものを入れた覚えはない。


「カースドナイトの呪いだ。しかも飛びきり厄介なやつだな。とりあえずそのグローブは常にはめとけ」


 俺は言われた通りにグローブを再び装着する。


「厄介?」

「お前、さてはあいつの呪剣に右腕を斬られたな?」

「あ、ああ」


 思えば右手の丁度肘辺りを斬られたんだっけ。


「あいつの呪剣は肉体を斬らない代わりに、斬った部位に厄介な呪いを付与するんだ。いくつか種類があるんだが……さっきのあの黒い紋章は〝連呪〟の呪いだな」

「聞いたことないぞ」


 そもそもカースドナイトは深層にしかいないかなりレアな魔物だ。なので知識としてはある程度頭に入っているが対峙したのはあれが初めてだし、呪いの効果までは把握していない。


「〝連呪〟は、〝呪いを付与された部位で触れたあらゆるものを呪う〟という効果を持つ。つまりお前はその右手で触れたものを全て呪ってしまう、クソ迷惑野郎になったってことだ」

「はあ!?」

「だから、<呪い封じのグローブ>をわざわざはめてやったんだ」


 ああそうか、クオンがわざわざ貴重なマジックアイテムを使ってくれたのは、自分が呪われないためか。


「お前はまだ右手だけだから運が良いかもしれないが、私はその〝連呪〟の呪いでパーティが瓦解した様を何度も見てきた」

「ど、どうすりゃいいんだ」


 俺がそう尋ねるも、クオンは力なく首を横に振るだけだった。


「聖堂で頼んで解呪してもらうしかないが……そのレベルの呪いで肘から先の広範囲となると、とんでもない金が掛かる」

「……いくらほど?」

「一千万ガルは掛かるだろうね」

「い、一千万ガル!?」


 それは冒険者をやめて悠々自適に老後まで過ごせるほどの金額だ。


「そんな金どこにあるんだよ……」


 俺は盛大にため息をついた。


 右手のグローブがあればとりあえず呪いを撒き散らすことはなさそうだが、グローブの構造上、物が掴みにくい。


 つまり利き腕で剣を握れないということになる。


 あるいはグローブ外して探索してもいいかもしれないが、かなりリスクが伴うし、そもそも誰も呪い持ちの奴とはパーティを組んでくれないだろう。


 ただですら仕事が少ないのにこんな呪いを背負ってしまった以上、もう冒険者は諦めるしかないのか


「日常生活にも支障が出るだろうし、冒険者はもうやめとけ。絶対に素手で食べ物とかを触るなよ? 最悪死ぬぞ」

「最悪だ」

「無事帰ってこれただけ、儲けものだと思うしかない」

「……そうだな」


 こんなあっけなく終わるものなのか、俺の冒険者人生は。


「……借金についてはもう少し待ってやる」


 クオンが俺の手を離し、スッと離れた。


「ああ、そうだ。それなら俺のロングソード買い取ってくれないか? もう使わないし、それを返済に当ててくれ。少しは足しになるだろ」


 ベッドに立て掛けてあった剣を指差すと、クオンが眉をひそめた。


「ん? お前のロングソード? あれはカースドナイトのドロップ品じゃないのか?」

「へ? いや俺のだけど?」


 俺とクオンが同時に首を傾げた。


 ダンジョンの魔物は倒すと極々稀に素材やアイテム、武器を落とすことがあり、これをドロップ品と呼ぶ。


 だけども、カースドナイトが何かをドロップしたなんて記憶はない。

 

「ちょっと待て。あれは本当にお前のロングソードなのか?」

「そうだよ。ほら、形だって一緒だろ?」


 俺が剣を膝で挟んで、ぎこちなく左手でそれを抜いた。


「……あれ」


 確かにそれは、俺が長年愛用していた安物のロングソードと同じ形だった。

 だがなぜか刀身が黒く染まっていて、柄には赤い紋章が刻まれている。


「なんだこれ」


 見るからに禍々しい雰囲気を醸し出している。俺のロングソードはこんなんじゃなかったぞ?


「リギル、それはただのロングソードじゃないぞ――だ」


 魔剣――それはダンジョン深層でしか手に入らない、超貴重な武具だ。他のマジックアイテムとは比較にならないほどの力や効果が秘められているが、代わりに何かしらのデメリットが付与される性質がある。


 ゆえに、魔剣。


 デメリットを承知で上手く活用できれば、とんでもない強さを秘めている代物だが、その扱いは難しい。

 

 万年Fランク冒険者の俺とは縁もゆかりもないものだ。

 なのに、なぜ。


「そのロングソードが本当にお前のものだったというのなら……信じがたいが魔剣化したとしか言いようがない。いや、待て……そうか、そういうことか」


 クオンが何か思い当たることがあるのか、そのただですら大きな目を見開いた。

 

「どういうことだ? というか魔剣なら結構いい値段で売れるんじゃないか?」


 俺がそう聞くとクオンはそのロングソードを慎重に検分し、いつもの意地悪な笑みを浮かべた。


「いいや、悪いがこいつは買い取れないな。

「へ?」

「今、ざっくり鑑定したが――こいつに付与された能力があまりに強すぎる。こいつには、〝強力な一撃を放てるようになる代わりに、使用すると必ず一定時間気絶する〟という効果が付与されている。こんなもん、誰が使うか」

「デメリットがデカすぎるな。使えねえ」


 なるほど、だから俺はカースドナイトを倒せたし、その後に気絶してしまったのか。


「だがそんなことはどうでもいい。問題はなぜリギルのロングソードが魔剣化したかだ」

「……さあ?」


 何も思い当たる節はない。するとクオンが呆れたような、小馬鹿にするような顔で俺を見つめてくる。


「はあ……なぜ気付かない。そのロングソードはどっちの手で握っていた」

「へ? いや右手だけど……あっ」

 

 そうか、そういうことか。

 つまり――


「この右手に付与されている〝連呪〟のせいでロングソードが呪われてしまった結果、魔剣化したってことか?」

「そんな症例は初めて聞くが、おそらくそういうことだろう。だとすれば……リギル、何とかなるかもしれないぞ!」


 そうしてクオンが俺の手を取って、嬉しそうにこう言い放ったのだった。 

 

「その右手を使って……大儲けできる!」

 

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