魔剣屋リギルの日常 ~Fランク中年冒険者の俺、ダンジョンで呪われたせいで人生詰んだくさいけど、そのおかげで魔剣を作れることに気付いたので魔剣作りを極めてみる~
虎戸リア
第1話:負け犬の意地
「――リギルさんって、正直負け犬っすね」
新人冒険者パーティの斥候役が何気なく言ったそのナイフのような言葉が、俺の胸を抉る。
「おい、言い過ぎだぞ」
パーティリーダーがそう窘めるも、俺は曖昧な笑みを浮かべるだけだ。
「いや、いいんだ。二十年もやっててFランクなんだから、そう思われても仕方ない」
ここは俺が毎日潜っているダンジョン――〝絶塔ラフカ〟の地下一階だ。高難易度ダンジョンと呼ばれるここも、地下五階までは俺のような晩年Fランクの底辺冒険者でも仕事ができる程度の難易度しかない。
だから俺は、実力はないが長年このダンジョンに潜って得た経験と知識を買われ、冒険者達の道案内役として日銭を稼いでいた。
俺を雇ったこの新人冒険者パーティは最近この街に来たばかりだが、前衛二人に後衛一人、そして斥候役が一人と、かなりバランスの取れたパーティ構成だ。
この若さならきっと将来有望だろう。
何より彼らは夢と希望に溢れていた。
熱意もやる気も野心もあった。
だからこそ俺みたいな、努力をすることも前へと進むことも止めた人間が、きっと気に食わないのだろう。
「俺はそうなりたくはないっすね」
斥候役がそう吐き捨てた。
「君達は大丈夫だよ」
俺がそう請け負うも、彼らは肩をすくめるだけだった。
そうしてしばらく進むと、斥候役が足を止めた。
「……この先、隠し部屋がありそうっすけど」
通路の先は一見すると行き止まりだった。
昨日は確かこの先に階段へと通じる脇道があったはずだ。となると……。
「隠し部屋? 隠し通路じゃなくてか?」
俺がそう確認すると、斥候役が嫌そうな顔をする。
「疑ってるんすか? 絶対に隠し部屋っすよ。〝秘密暴き〟の魔術も使いましたから」
斥候役がそう言うのなら、俺は納得するしかない。
「だとしたら引き返そう。少々遠回りになるが、西側の地底湖を迂回した方が良さそうだ」
「リギルさん、ここを通れば一日分時間を短縮できるって話じゃなかったんですか」
リーダーが兜のバイザーを上げて、俺を見つめてくる。
確かにそういう話をして、それならばと契約した経緯がある。
「だから事前に説明しただろ? このダンジョンは日々変わる。昨日なかった道が今日あったり、その逆だったり。とはいえ大きく変わることは滅多にないから、地底湖経由の道なら確実にある。だから今日は運がなかったと諦めよう」
俺がそう提案するも、誰も納得した様子を見せない。とはいえ、俺の案内なしで行くのは流石に博打すぎるということも分かっているようだ。
皆が渋々引き返そうとするなか、斥候役だけが動かない。
「隠し部屋の中は確認しないんすか。そこに階段への通路があるかもしれないっすよね? せっかく魔術を使ったのに中を調べないのは勿体ないっす」
「それもそうだな」
なんて言って、斥候役とリーダーが突き当たりの壁へと向かっていく。
「おい、やめろ! 隠し部屋は危――」
俺が慌てて止めようとするも、二人はあっさりと幻の壁を突き抜け、隠し部屋へと入っていった。
「お、宝箱っす!! 罠もなさそうっすね」
「おお! 早速中身を確認しよう!」
宝箱があって、罠がないだと?
マズい、それは非常にマズい!
「すぐにそこから出ろ!」
俺がそう叫びながら、二人の後を追う。
しかし、それはあまりに遅すぎた。
「何を必死になってるんすか。罠はないって言ってい――え?」
ザン。
黒い斬撃が斥候役の目の前を通り過ぎる。
「うわあああああ!?」
間一髪、その一撃を避けた斥候役の目の前に現れたのは――黒い鎧に身を包んだ巨大な騎士だった。
その鎧の首から上がなく、かわりに黒い瘴気のようなモヤが溢れている。
手には禍々しい形をした大剣。
あれはデュラハン……いや馬を連れていないから――
「カースドナイトだ! すぐに退避しろ! 今のお前らじゃ絶対に勝てないぞ!」
俺は尻餅をついた斥候役を隠し部屋の入口へと引きずりながら、そう叫ぶ。
「……あいつは強いのか」
怯えるパーティメンバーの中で、唯一リーダーだけが冷静だった。
「強い。呪いを撒き散らしてきて厄介だし、範囲は限られているが瞬間移動もしてくる。複数のBランクパーティが組んでやっと討伐できるレベルだ」
「……そうか。だがきっとこれは……試練なんだ」
リーダーが震える手で剣を抜いた。
いやいや待て待て。何を言っているんだこいつ?
「行くぞお前ら! こいつを倒して俺達はこの街で名を上げる!」
「……はあああああ!?」
前言撤回だ。このリーダーは全く冷静じゃない。
恐怖を誤魔化すために無理矢理、自分を奮い立たせているだけだ。しかもそれで逃げるならともかく、戦うだって?
正気じゃない。
「いいから逃げろ! 相手は深層の魔物だぞ!? お前じゃ無理だ!」
「あんただけ逃げればいいさ――負け犬。俺は、俺達は違う!」
そう叫びながら、リーダーがカースドナイトへと突撃する。
「馬鹿野郎! 死んだら負け犬もクソもないだろうが!」
俺は気付けば安物のロングソードを抜いて、走り出していた。
――なぜこの時、俺はこんなバカを放っておいて逃げなかったのか。
今から思えば、それは意地だった。
負け犬と言われて、引き下がれなかった。
晩年最低ランクの、剣の腕も魔術の才能もないオッサンの、惨めでちっぽけなプライドがそうさせたのだ。
「はあああああああ!」
リーダーが剣を払うも、あっさりカースドナイトの腕に弾かれてしまう。
そうして体勢を崩したリーダーに向けて、カースドナイトが剣を掲げた。
剣に黒いモヤが纏わり付く。
ぞわりと、鳥肌が立つ感覚。ヤバい、絶対にあれはヤバい!
「クソ!」
俺は咄嗟にリーダーを突き飛ばした。
上から、黒い瀑布の如き斬撃が降り注ぐ。
それは突き飛ばす為に伸ばした俺の右手を通過、全身に激痛が走る。
「あがああああああ!」
なぜか右手は斬れていないが、斬られた先から指先へと黒い紋章が皮膚の上に浮かび上がってくる。
なんだこれは!?
「ひいいいいい! に、逃げろ!」
なけなしの勇気が挫け、リーダーが泣きべそで撤退指示を出す。
あまりの痛みに俺は床に倒れ、動くことすらできない。なんとか右手でロングソードを握り、離さないようにする。
武器を手放したら、それこそ本当の終わりだ。
しかし暴走したバカな冒険者を庇って死ぬなんて――なんて俺らしい死に方だろう。
分かっていたんだ。俺が冒険者に向いていないことなんて。
冒険者に憧れ、ダンジョンのある街にやってきた。
そこで挫折を知った。周りがランクを上げていくなか、俺はついていけなかった。ヘラヘラと笑って誤魔化していたが、どこかで諦めがついていた。
それからはただ、冒険者という言葉にしがみついていただけだ。
あるいは待っていたのかもしれない。誰かが、あるいは何かが俺を救い、英雄にしてくれることを。
だが気付けばもう三十代後半だ
何もなかった。チャンスも、希望も。
ああ、俺はここで終わるのか。
赤く滲む視界の中で迫る、黒い影。
クソ、【もうどうなってもいい……せめて最後に一撃だけでも!】
そんな俺の足掻きに反応してか、なぜか全身と右手に力が戻る。
あれ、なんか変だぞ?
ぼやけた視界に映る、俺の安物のロングソードがやけに黒く見える。
「なんでもいい……体が動くなら……ただでは死なねえ!」
無理矢理立ち上がると、俺は迫るカースドナイトへと無我夢中で剣を振るった。
下手くそな俺の、デタラメで半端な一撃が効くはずがない――はずだった。
「へ?」
俺の剣から放たれた黒い斬撃が、カースドナイトに直撃。
その巨体を――吹っ飛ばした。
「どう……いう……こ――」
カースドナイトが灰となって消えていくのを見つつ、俺は急激に全身から力が抜けていくのを感じ、再び床へと倒れてしまった。
一体何が起こったのか。
それすらも考える暇もなく、世界が暗転。
目を閉じる最後の瞬間――俺は金色の影を、見た気がした。
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