第三話

 巨大なビスクドールが腕を伸ばし、甚助じんすけを掴もうとした瞬間――幾重いくえの剣閃が。


「痛ぅうぎゃぁああああああ!!」


 幽霊都市ゴーストタウンに、響き渡る。叫ぶはず側の化け物が。


「おっと、予想外に、も。痛覚、あったか。人形だから中身、空っぽだと思って、細かく斬って。すまねぇー、な」


 小さな立方体に切断された腕が空気中を舞い踊りながら、美しい軌跡を描き、神秘的でありながらも儚い美しさを放っていた。

 それは成形に失敗し、歪にみにくく、でかいビスクドールの断面から輝く白い粒子。

 そこには時間の流れがゆっくりと止まったかのような感覚があり、夢と錯覚させる光景。

 だが、現実。

 夕暮れの静寂に似つかわしくない金切り声で、巨体が駄々をこねていた。

 そばでは、左肩にエコバッグをぶら下げ。右手には反りがない無反りの刀――直刀ちょくとうを握った甚助が。

 ふっと息を吐く。と、独特の呼吸音が周囲の建造物に反響し始め、しだいにその音は、終息。

 そして切っ先が仰向けに倒れ、苦痛から身を震わせる人形へ。


「か、み、き、」


 地面に影が。


「ちぃ。高校受験するんじゃなかった、な。ニ回も頭上を」


 鋭く輝く、刃が恐ろしい体躯に突き刺さり立つ。

 叫び声が絶叫へ。

 剣から猛烈な勢いで炎が溢れ、それが一気に片手を失い暴れていた怪物の体内へと流れ込んでいく。

 明るさが徐々に増すにつれて、ほのかな焦げ臭が混じり始めた。微細な有機物が燃焼する際に生じる、独特の香り。と、高温に晒され蒸気が。

 ビスクドールの形を無理やり変化させる――陶器から粘土に。

 含まれている金属酸化物や他の鉱物が化学反応を起こし。石や土が焼けたとき、やや金属的で、ミネラルっぽい臭いが辺りを支配した。

 仮にビスクドールが、磁器並の耐熱温度があったとした場合。発せられている炎は、摂氏1,500度を超えていることを意味していた。

 しかし。

 目の当たりにしている、甚助には。焼ける臭いはするが、皮膚感覚から熱さを感じなかった。

 これは人が作り出した炎ではなく、人外が創り出した炎。




 巨大、ビスクドールは黒い灰の山になることはなかった。その代わりに薄白い微塵が、人の形に積もっていた。


現実主義者レース


 七尺ななしゃくのフルプレートアーマー。が、屹立きつりつしていた。

 重厚な鉄製ヘルメット、デザインはなし。ただし、痕跡あり。バイザーの縁取りは錆ており、狭いスリットの奥は見えない。

 胸部の装甲は身に着ける者として、誇りの紋章が刻まれていた。で、あろう箇所は、無数の傷に覆われ隠されていた。

 肩当ては、部分的に剥がれ金属が露出し、地下の鉱石のように輝きを放ち激しい戦いを生き抜いてきたことを物語っていた。

 脚当ては、赤錆の大木を支え張り巡らす、根。

 腕当から模様。それは滑らかな曲線と太い筋繊維、それがあるからこそ、両手持ちの大剣クラゼヴォ・モルを自由自在に扱える。

 戦士が持つにふさわしい威厳と力強さを兼ね備え、それでいて精緻な細工が施されていた。

 刃先にかけて磨き上げた金属が、文様と夕日を反射させ。両刃が敵を圧倒と威圧させる。

 柄は頑丈な鉄製で、握りやすいように皮で巻かれ。使い込まれているのが、ひと目で分かる。

 鍔は、シンプルに刃と柄を守るために設計されており、戦闘時には防御力を高めた実戦使用。


 対する、甚助の獲物は。

 わずかな湾曲もなく、まっすぐな形状。突きや斬撃の際、最大限の効率を発揮し。戦闘での取り回しが良く、近接戦闘での使い勝手を考慮。刃文はもんもあえてつけず、無駄を省いた特化型。鋭さと斬れ味に。

 刃と柄をつなぐ部分、ハバキは刀身と一体化させ強度が高めてあった。

 柄は長めで両手持ち握り、し易い工夫。外側は滑り止め加工の革が巻かれていた。

 鍔は装飾を一切排除した定番な円形、機能性のみ。

 人を斬ることのみ追求した、刀――人斬り包丁。




 両者の刃が――斬る風を!

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