【第一章・第二十六話】フィノファール・フェリキタス



「…っ!フィノファール、それは本当なのか!?」


「ええ、間違いなく。殿下、今日はやけに民衆が大人しいとは思いませんでしたか?」



 あまりの驚きに目を見張った第二皇子は、フィノファール様の言葉で周囲を見渡した。城下町には人や魔族が絶え間なく行き交い、その波は途切れることなく進み続けている。


 第二皇子が視察へ来るという情報は噂話に疎いわたしの耳にさえ入ってきたというのに、先程から第二皇子を気に留めるものはいない。通常であれば、皇族であるアイオライト様のために道を開け、そのお姿を崇める者も現れるはずなのに。



「私の専門は認識阻害魔法ではありませんが……かつて優秀な騎士に教わったものなので、お忍びとしての十分な効果を発揮するはずです。ですが、それを解除していたにも関わらず、この者が現れてから再び認識阻害魔法が発動されています」



 冷たい口調で淡々と紡がれる言葉に、私は少し俯いた。



 _____恐らく、その魔法はお師匠様によるものだろう。


 この騒ぎが大きくならないように、気を遣ってくれたのだろうか。もしそうなのであれば、お師匠様の目論見どおり、民衆から注目されてはいない。だが……もしかするとフィノファール様は、認識阻害魔法の使い手が私だと勘違いをしているのではないか。



「今も私達の間に張り巡らされているこの認識阻害魔法は、お前の仕業か?」



 ……案の定。どうやら、上手く誤魔化すしか策はないようだった。



「それは師から与えられたお守りの効力のようなもので……わたし自身が認識阻害魔法を操ることは出来ません」


「……師、だと?」



 フィノファール様の眉が、微かにピクリと動いた。



「ええ。ミラージュ・ドゥ・シュヴァルツという魔導具店をご存知でしょうか?」


「噂、程度だがな。なるほど、あの店の者だったか……それは失礼した」



 どういうわけか、お師匠様の店の名を出した途端、フィノファール様は態度を変えた。『黒鳶の君』にさえ知られているなんて、お師匠様はいったいどれだけの心を救ってきたのだろう。いや、いったいどれだけの心を守り通してきたのだろう。



「フィノファール。認識阻害魔法で誰にも聞こえていないのなら、少しくらいその堅苦しい言葉を崩してもいいのではないか?ほら、今朝みたいに」


「……それもそうですね。では、そうさせていただきます」



 そう言って黒鳶のコートを脱ぎ捨てたフィノファール様は、その無愛想な顔に柔らかい表情を浮かべ、穏やかで落ち着いた笑みを口元に描いてみせた。



「じゃあ、改めて。聞いたことあると思うけど、ボクはフィノファール・フェリキタス。アイオライトの護衛兼お友達をやらせてもらってるよー!」

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