【第一章・第二十二話】未来の約束



「命を救ってくださったお師匠様に、恩を仇で返すような真似など、わたしにできるわけが___」


「____できないと駄目なんだ、ティア」



 わたしがその台詞を言い切るよりも先に口を開いたお師匠様は、わたしの言葉に被せるように、早口に言葉を発した。

 

 お師匠様にしては珍しい、厳しい表情への変化。普段は人の話を最後まで聞いた後に意見を発するお師匠様が、人の言葉に被せるように言葉を発したこと。それも、わたしの声を上書きするために、わざわざ普段より敢えて声量を上げていたこと。


 この一瞬で連発した珍しいことを問いただしたい気持ちがわたしの中に生まれるが、その言いかけていた言葉を飲み込んだ。



「それは……いつかわたしが、お師匠様へ刃を向けなければならない、ということで間違いないでしょうか」


「どうだろうな。もしかしたら、剣ではなく魔法戦かもしれないぞ?」



 腕を組みながらも、ニヤニヤとしているお師匠様は、正解を教えてくれるつもりはないらしい。もう少し、仲良くなったら教えてもらえるだろうか。なんて、そんなことを考える自分に内心で戸惑う。


 警戒心は、強い方のはずだった。それは、わたしの生まれついた境遇についても関係していると思うのだが、恐らくもともとそういう性格なのだろう。だというのに、お師匠様に関してはどうしてか、そういった警戒心を抱かない。


 最初、お師匠様が向けてくれる愛情や気遣いを、わたしは拒んでしまった。


 もう、なにも信じることができなかったから。いつも眉間に皺をよせてばかりのお父様も、わたしを産んで早くにこの世を去ったお母様も、顔を合わせたことすらないお兄様、わたしの弟たちでさえも。



『無理もない。今までそのような扱いを受けてきたのなら、仕方のないことだ』



 そう言って、お師匠様は寂しそうに笑った。その笑みには、いったいどのような意味を含まれていたのだろうか。自分自身の親切を無碍にされてしまったことへの怒り?信頼を受け入れられなかったことの虚しさ?


 _____いいや、違う。


 きっと、あのときお師匠様が笑ったのは、傷付いていたからだ。もちろん、お師匠様が傷付いていたのは、お師匠様自身が侮辱されたからではない。


 お師匠様は、自らに価値などないという判断を下したわたしが、全てを諦めて最終的には命すらも簡単に投げ出そうとした子供が、この国に存在しているという事実に、傷付いているのだ。


 そこまでして、お師匠様が心を痛める理由をなんなのだろう。なぜ、お師匠様はそんなにも、このアストノズヴォルド皇国という、たった一つの国に執着するのだろうか。


 わたしはお師匠様のことを、全くと言っていいほど知らない。なぜなら、その名の通り、鳥籠の中で育ったから。だから、お師匠様の正体も、今までの積み上げてきた過程も、あの物憂げな瞳になにが映っているのか、わたしは分からない。


 ああ、そうか。無理に聞き出すことはしたくないけれど、いつかは知る日が来るのだろう。お師匠様の数々の経験と、その知識を。ならば、今は___。



「お師匠様、約束しましょう」


「ふむ……約束、か?」


「ええ。わたしと、お師匠様の約束です。きっと、お師匠様のことでしょうから……必ず守ってくださると、わたしは信じています」


「ははっ、随分な信頼を寄せられているようだな?ならば……私も、きちんと応えなくては」


「それは、嬉しいお言葉ですね。……では、約束の内容は_______」










 ____ならば今は、わたしがお師匠様を、繋ぎ止めておこう。

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