【第一章・第二十三話】その声の正体は
「……なるほど」
「先程、既に言質は取らせていただきましたので。まさか、お師匠様ともあろう御方が、弟子との約束を反故にするわけがございませんよね?」
「はぁ、いったい誰に似たのだろうな……安心しろ、一度交わした約束を違えるような真似はしない」
「ふふっ、それは良かったです」
小さな戯れのような会話を繰り返しながら、わたしたちは薄暗い路地を歩く。あと、もう少しで城下町だ。自然と息が詰まってしまったわたしを見兼ねてか、かつて亜麻色の令嬢が来店したときと同じように、お師匠様はこちらへ小さく指を降った。
_____きらり。
既視感のある、魔法がかかる独特な気配。
「これは……認識阻害魔法?」
「よく覚えていたな。まあ、そこまで前の出来事ではなかったか」
思わず溢れてしまったわたしの呟きを、お師匠様は丁寧に拾い上げる。その顔に、僅かに柔らかな皺が浮かんだのを、わたしは見逃さなかった。どうやら、ほくそ笑んでいるようだ。わたしは、その笑いが気にかかった。あまり品が良いとは言えない、自慢げな色が滲んでいる。
「お師匠様にしては、珍しいですね」
「なにがだ?」
「お師匠様の今の表情に、少し優越感のようなものが見えたので……お師匠様は、自分の実力を誇示するような方ではないでしょう?」
「ああ……いや、優秀な弟子を持って、私は幸せ者だと思っていただけだ」
落ちつきはらったような目で、お師匠様はわたしを眺めている。それは、本当に落ちついた、感情の乱れを感じさせないような、穏やかな視線だった。
「ほら、着いたぞ。このまま私は店に戻るから、ゆっくりと楽しんでくると良い」
「はい、ありがとうございます!」
てっきり、お師匠様と街を散策するものだと思っていた。二人で城下町へ出向いたことは一度しかなかったので、少し楽しみにしていたのだが、たまには一人の時間も大切だろうと、どうやら気を遣ってくれたらしい。
いや、本当は少し違うかもしれない。恐らく、あまりこの皇都には立ち入りたくないのだろう。お師匠様が皇都を訪れることなど、ほとんどない。皇城へ近付けば近付くほど、お師匠様の顔が険しくなっていくことを、わたしは知っている。
「知っているとは思うが……治安の良いフォルトゥナと違って、ミセリア地区は特に治安が悪い。帰ってくるときは、皇都のときよりも_____」
「____おい。そこのお前、いったい誰と話している?」
憂しげな表情を浮かべながら心配の声を上げるお師匠様の言葉に被せて、威厳に満ちた男の声が聞こえた。その言葉の意味にも驚いたわたしはお師匠様から視線を外し、その音の正体へと目を向ける。
「オレの名前は、アイオライト・アストノズヴォルド。この国の第二皇子だ」
そして、凛としたその声が、温かな陽に照らされた皇都へと響き渡った。
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