【第一章・第二十話】黎鷹族の宵闇



「まさか、貴女様がこのような場所に再び足を踏み入れてくださるとは……恐悦至極に存じます」



 そう言って深々と頭を下げる店主を前に、わたしは困惑を覚えた。


 顕著になった彼の背中に生えているのは____大きな黒の翼。お師匠様のように、『人間』という言葉を使うところも、どこか人外であることを思わせるような素振りだった。


 どうしてあんなにも大きなローブを着ていたのか、今ならその理由が分かる。あれは身に纏っていたのではなく、言葉通り、身を隠していたのだ。先程までは感じられなかったこの威圧感も、もしかすると、今まで魔力を抑制させていたからなのかもしれない。



「そう畏まらないでくれ。突然の訪問、すまなかったな」



 店主のことを考えていたとき、ふとわたしの肩になにか手のようなものが乗る感触がした。温度は冷たく感じるのに、どこか温かいような……この手は、まさか。



「お師匠、様……?」


「どうやら、自分で正解に辿り着けたみたいだな。……本当に、賢い子だ」



 どうして、お師匠様がここにいるだろうか。それは分からないが、先程までの店主の言葉が、わたしへ向けられていたものではなかったことに、最初のお師匠様の言葉を聞いて、今更ながら気が付く。


 恭しく臣下の礼をとる店主に対し、お師匠様は声を上げた。



「どうか、顔を上げてくれないか。今ではもう、崇め奉られるような身分ではない」


「ええ、貴女様のお望みとあれば、なんなりと。……して、こちらの御方は?」



 今度は訝しげな視線をわたしへ送る店主を見て、お師匠様は苦笑いする。わたしの肩から手をどかし、お師匠様はその手をこちらへひらりと向けた。



「私の、大切な家族だ。語弊がないように言っておくが、血は繋がっていない。見ての通り、人の子ではあるが……まあ、色々とあってな。ティア、こちらは私の旧友だ。黎鷹族れいようぞく、といえば分かるだろうか」


「黎鷹族って……まさか、あの?」



 この世には、大きく分けて六種類の魔族が存在する。


 紅龍族こうりゅうぞく蒼獅子族あおじしぞく黎鷹族れいようぞく白狼族びゃくろうぞく金糸雀族かなりあぞく碧蛇族へきじゃぞく_____これらは、六大魔族という総称で呼ばれているのだとか。


 紅、蒼、黎、白、金、碧の順に強大な魔法を扱うことができ、力の大きさに伴って身分の高さが決まっているのだと、かつて、どこかの文献で読んだことがある。



「ああ、六大魔族に名を連ねる種族の一つだ。これはティアも知らないことだろうが、種族の中で最も長く生きた者には、ある称号のようなものが与えられる。それは代々引き継がれていき……彼であれば、『宵闇』という名を授かるんだ」



 お師匠様は、わたしへと向けていた目を店主へやる。その視線を受けて、店主___宵闇という魔族はゆっくりと口を開いた。



「他にも、瑠璃、琥珀、翡翠など……色々な名があるのじゃよ」



 その漆黒に染まった瞳は、再び優しげに細められていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る