【第一章・第十九話】お師匠様の大切な方



 大切な方、と言う声色にとてもたくさんの想いが込められているように感じたのは間違っていないはずなのに、そんなあっさりと答えられるとは思ってもみなかった。通常ならば、大事な人のために集めたものなら、その相手以外に触れられるのは避けるのではないだろうか。



「なんでって……この本は、お師匠様の大切な方のためのものなのでしょう?」


「ああ。だが、ティアなら大丈夫だ」


「ですが……」


「良いんだ、好きに読んでくれ。読んでもらった方が、本も喜ぶだろう?」


「……そういうもの、でしょうか」


「ああ、そういうものだ」



 からりと笑って手を振る彼女はほんとうに気にしていないようだった。それなら遠慮をするのも失礼かと思い、ありがたく読ませていただくことにする。


 なんといっても、本当に皇城では読めない本ばかりだ。大切にされているだけあって、非常に良質な状態で維持されている。持ち主は読まないのにも関わらず、埃を被ることなく本棚に収められているのは、よほど大切にされている証だと思う。


 乱暴に扱うつもりは毛頭ないが、それでも殊更気をつけて扱うようにしよう、と。


 本の背表紙をなぞるお師匠様の丁寧な指先を見つめながら、そう心に決めた。すると、何かを懐かしむかのように優しく目を細めたお師匠様が、ゆっくりと口を開く。


 その声に乗せられた色に、どこか聞き覚えのようなものがあるような、ないような、少し不思議な気持ちになる。



「それに、ティアも好きな分野のものなのだろう?ここに置いてある本は」


「それはもちろん。読んでみたいと思っていた本ばかりで、目移りしてしまいます。もしかしたら、お師匠様の大切な方とわたしは趣味が合うのかもしれませんね?」


「ははっ、そうだな。……きっと、合うと思うぞ」



 少しだけ遠い目をしたお師匠様が、やっぱり不思議な色を乗せた声でひどく柔らかく笑った。







 きっと、今回買ったこの『薬草の微睡み』という名前の本も、新しくミラージュ・ドゥ・シュヴァルツの本棚へ収納するために、わたしへ『ススピーリウム』を訪れるように頼んだのだろう。


 そんなことを考えていたら、しばらく目の前の人物が全くの身動きをとっていないことに気が付いた。



「あ、あの……大丈夫、ですか?」


「……」



 おそるおそる話しかけてみるも、返事はない。なにか、不快にさせてしまうような真似をしてしまったのだろうか。様々な可能性を考えてみるが、特に心当たりはない。


 真剣にわたしが悩み続けていると、店主は突然動き出す。それを見て少し安心していると、その直後、彼はローブを脱ぎ捨て、その姿を露わにした。息を呑むわたしを横目に、恭しく片膝をつく。



「ご無沙汰しております、我が主。本日の度重なる無礼を、どうかお許し下さい」


「……へ?」



 静まり返った店内の中、わたしの間の抜けた声だけが小さく響き渡った。

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