【第一章・第十八話】数々の書籍
「まさか、この店の規則を知っていたとは……珍しい人間もいたものじゃな」
「あの、本当にこの装飾品だけでよろしいのですか?」
「ああ。それは、儂にとって非常に価値のあるものじゃ。もちろん、物の価値など、あらゆる人にとってそれぞれ異なるが……とにかく、その装飾品は、十分に『薬草の微睡み』の対価となりうる」
最初の怪しげな雰囲気からは一転し、店主は安心しきったような朗らかな声を出した。こちらへ差し出された、鮮やかな新緑に彩られた分厚い本をわたしは受け取る。……手だけは、年齢を偽らない。網の目のような皺が絶え間なく刻まれた彼の手に、わたしは繊細な技巧が施された装飾品を丁寧に置いた。
右手を対価として求められそうになったときはどうしようかと思ったが、きちんとお師匠様に頼まれた本を買うことができて良かったと思う。わたしは無意識に入っていた身体の強張りを解き、安堵の息を洩らした。
ミラージュ・ドゥ・シュヴァルツの二階の壁際には、ずらりと本棚が並んでいる。
小さな明かり取りの窓を通して、陽の光が差し込むようになっており、それだけではさすがに暗いからか、天井から装飾の凝った灯りがいくつも吊り下げられている。透明感のある、暖かな琥珀のような色だ。店の雰囲気によく合っていると思う。
本棚に視線を移せば、屋根の形に沿って、綺麗な円形になっていることに気が付く。天蓋付近までびっしりと本が収められているのだ。棚は特注だろうか、個人が所有するものにしては随分と大きなものだ。案の定、そこには相当な数の蔵書が収められている。
初めてそこを訪れたとき、近くの本の背表紙を確認すると、禁書ギリギリの魔導書や薬学書、それに皇城ではなかなか閲覧することが叶わない珍しい本ばかりであることが判明し、心が踊った。
上の方にも手が届くよう、きちんと脚立も立てかけられている。一番奥の本棚の端には、深みのある藍の天鵞絨の張られた丸椅子と、入り口にも置いてあった小さな台が一つずつ。
少し見ただけでも、興味を惹かれるタイトルがたくさんあった。皇城の書庫も悪くないが、大抵は検閲の入った本しか置かれていない。少しでも珍しい魔法の本や変わった物語は司書に弾かれてしまう。皇族の目に触れる可能性があるものだからという理由だろうが、少々物足りなく思っているのも事実だった。
「お師匠様。ひとつ、質問してもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない。どうしたんだ?」
「どうして、こんなにも大量の本を?分野もわりと偏っていますし……手当たり次第に集められたわけではなくて、かなりこだわりを感じます。それに、本がとても大切にされているのが分かりますので、少し疑問に思って」
「それは、私の……ああ、なんというか、その……大切な方が、本好きだからだな。分野は、その人が好きな分野だ」
「……では、わたしは触れない方が良いのではないですか?」
「なぜだ?」
お師匠様にきょとんとした瞳で見返され、こちらが言葉に詰まってしまう。
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