【第一章・第十三話】月明かりが照らすもの



 その日の夜、わたしは自室のベッドに腰掛け、窓の外を見つめていた。


 ここに初めて来たとき、お師匠様が部屋を一つ分け与えてくれた。最初は遠慮していたわたしだったが、もともと部屋の数が多くて何を置くか迷っていたのだと、困ったように眉を下げたお師匠様を見て、ありがたく使わせてもらうことにしたのだ。


 昨日のように、お師匠様と共に寝ることもしばしばある。普段は些細なことにも気を配り、何事もそつなくこなすお師匠様だが、たまに魂が抜けたかのように立ち尽くしているときがある。その状態のお師匠様は、なにやら遠くを見つめていることが多く、目は開いているのに、長い眠りについているかのように微動だにしないのだ。


 そのときは安心できるように優しく声を掛け、同じベッドの上で抱き合いながら静かに眠る。そんなお師匠様を初めて見たときはとても驚いたけれど、今ではもうすっかり慣れた。


 わたしはベッドの縁から腰を浮かし、窓に近付いて、錠を外す。


 青から藍に変わって行きつつある空は、外気はまるでよく磨き込まれた鏡のように森を映していた。凛とした静けさは星のない重たげな空全体に広がり、音という音は絶え果てている。窓を開けると、風が滑り込むように入ってきた。まるで清冽な空気の流れの中に体を浸しているかのように、爽やかな風が吹く。


 今日、わたしが覗いてしまったお師匠様の記憶の欠片。故意ではなく事故だったとはいえ、本人の知られたくなかったであろう過去を見てしまったという罪悪感は、確かにあるわけで。


 そんなことを言おうものなら、お師匠様は、ティアのせいではない、と優しく微笑むのだろう。けれど、今回ばかりはその気遣いが酷く寂しい。


 空から降る月明かりが木々の間から細い噴水のように流れ込み、美しく咲く一つ一つの花に仄かな冷たい明かりを灯す。


 もしも、誰かにわたしの記憶が流れ込んでしまった場合、何を見てしまうのだろうか。いや、考えるまでもない。きっと、その人に流れ込んでしまうわたしの記憶は、一つだけだ。


 ___コンコン。



「……お師匠様?」


「ああ、私だ。部屋の中に入ってもいいだろうか?」


「はい、どうぞ。珍しいですね、お師匠様がこちらの部屋に訪ねてくるのは」



 夜の静寂に鳴り響く、扉をノックする音に返事をすれば、白銀の髪を揺らしながら、お師匠様が顔を覗かせた。ふと、そう声を掛けると、わたしの部屋に足を踏み入れたお師匠様は小さく笑う。



「あまり上手く言い表せないんだが、なんだかティアの元気がないような気配がして……もしかすると、昼間のことを気にしているのかもしれないと思ってな」


「……なんでもお見通しですね、お師匠様は」


「そういうわけでもないぞ。私だって、見えないものは怖いし、分からないことは怖い」



 ____ティアだって、そうだろう?


 そう言ったお師匠様は、どこか愉快そうな色を交えて、わたしを見つめていた。

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