【第一章・第三話】和やかな雰囲気と共に



「お師匠様、今日はなにを買ってきたんですか?」



 あれから急いで朝の支度を済ませたわたしは、お師匠様にそう尋ねる。



「クロワッサンにパン・オ・ショコラ、燻しベーコンとトマトのパニーニ。あと、出来立てのクロックムッシュだな。ティアは何から食べたい?」


「せっかくですから、出来立てのクロックムッシュから食べましょう!温め直しますか?」


「いや、その必要はなさそうだ。まだ温かい」



 日替わり朝食パン、今日は当たりの日だったんですね……!


 思わず声が弾んでしまったわたしは、皿へパンを並べた。すると、その言葉に小さく頷いたお師匠様が、目の前に珈琲の入ったカップを置いてくれる。わたしが座るのを待ってくれていたお師匠様は丁寧に手を合わせた。


 それに倣って手を合わせると、ほわほわと湯気を立てるカップに口をつけた。


 苦い珈琲があまり得意ではないわたしだが、自然と身体に染み入ってくるような感じがするお師匠様の淹れる珈琲は大好きだった。



「お師匠様って、いつもこの品種ですよね。そんなに好きな味なんですか?」



 クロックムッシュにそっとナイフを入れながら、私は疑問に思っていたことを口に出す。


 お師匠様は、皇都から離れた場所で買い物をするとき、絶対に同じ品種のものを購入するのだ。フルーティーな香りがする珈琲は高品質だと聞いたことがあるが、実際、少し値も張る。



「……まあ、そうだな。市場に並んでいるのを見ると、つい手が伸びてしまう」


「ふふっ、お師匠様って、そういう妙なこだわりがありますよね」



 ____例えば、お店の花瓶に活けている薔薇とか。


 白銀に輝く髪が美しいお師匠様は、鮮やかな色彩の瞳が目立つせいか、藍よりも他の色の方がよく映える。だから、ミラージュ・ドゥ・シュヴァルツの店頭に飾られている藍色の薔薇は、あまり似合っているとは言い難いのだ。


 だが、枯れてしまいそうになる度に、丁寧な仕草で花を変えるお師匠様を見ていると、見た目など最早どうでもいいことのように思えた。お師匠様がそれで良いのなら、誰にも口出しする権利などない。



「お師匠様、今日の予定はなんですか?」


「今日は特になにもなかったと思う。久しぶりに魔力操作の訓練でもしてみるか?」


「え、良いんですか!?」


「ああ。店に客が来なければ、の話だがな」


「はい、それはもちろん!」



 いつものとりとめもない話をしながら、私とお師匠様はゆっくりと朝食を食べ進めた。






 なだらかな斜線が遠い裾まで続いている緑豊かな丘陵。山奥から人里まで流れ出る清らかな湧水。澄み切った滑らかな玻璃のような青空。


 そんな、まるで桃源郷のような安穏の地に、わたし達が暮らす国はあった。


 アストノズヴォルド皇国は、人間と魔族の共存を実現させた唯一の国家である。


 民衆が絶え間なく行き交う賑やかな城下町・フォルトゥナでは、人間と魔族が仲睦まじく暮らしている。


 だが、いくら治安の良いところとはいえ、皇城がある中心部から離れるごとに人気はなくなっていき、かつての戦争の名残はまだ残ったままだ。


 皇都の最北部、本屋や装飾品店の並ぶ区画のさらに端。ミセリア地区と呼ばれる、あまり事情を知られたくない者たちが多く訪れるところ。


 そんな場所でわたしとお師匠様は、『心を守る魔導具店』を営んでいる。

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