第19話 形の無い骸

 アルバンとリスタは子供の下に寄り添う。

 子供はかなり衰弱していて、息も絶え絶え。

 顔面蒼白で、目の白い部分が黒く淀んでいる。


「リスタ!」

「分かってる。【白璽】:《モノ・ヒーリング》!」


 リスタは固有魔法を使った。

 今ならまだ間に合うはず。

 その一心で魔法を掛けると、真白な珠が子供の体を包み込む。

 柔らかな温かい魔法の光が、黒い靄を体の中から追い出した。


「ううっ……」

「ねぇ、貴女、大丈夫!?」

「あ、うう……ああ。ううっ」


 子供は弱ったままだった。

 とは言え一命を取り留めることは叶ったらしい。

 体の中から黒い靄は取り除かれ、一旦の無事を得た。


「どうなんだ?」

「大丈夫そうだよ。だけど、こんな所に長居してたら、また体が汚染されちゃうかもしれないよ」

「だろうな。……となれば、早速原因となっている魔法を解除して……リスタ、なにかおかしくはないか?」


 アルバンは墓石を前にして手を前にかざした。

 【黒葬】で一気に破壊してしまおうと思ったのだが、如何にも変なのだ。


「おかしいってなにが?」

「この魔法、俺達が二百五十年前にここに来た時と違うぞ。この魔法は、新しく掛けられている」

「上書きってこと!? もしかして、より強力な相手が潜んでる?」

「いや、この書き換え方、恐らくは三重だ。一つはこの墓石を中心に、かつてより掛けられていた豊穣の魔法。その上に歪な……魔術のようなものが掛けられているが、それが死に至らしめるものだろうな」


 アルバンは今までに蓄積した知識と経験片推測する。

 しかしまだ確実ではない。

 ここは【黒葬】を使って確信を得ることにした。


「【黒葬】:《ヘルズ・エビデンス》!」


 アルバンは真っ黒な闇を放出し、墓石を飲み込む。

 するとドクンドクンと血管が脈打つようで、アルバンの中にイメージが流れ込む。

 この感覚。ついこの間この墓石に誰かが踏み込み、何か仕掛けを施したらしい。

 その証拠に、アルバンの頭の中には、何者かが墓石に立ち入り、細工した様子が映り込む。


「どう、アルバン?」

「どうやら当たりらしい。恐らくはこの墓石になにか細工をしたんだろう」

「細工? それなら私が……」

「いや、簡単なものだ。墓石に彫り込まれた文字。ここに妙な木が挟み込まれている。これが原因とみて、間違いはないんだろうが……なっ!?」


 アルバンは珍しく驚いてしまった。

 それもそのはず墓石の彫の中に、美味い具合に隠されていた木の棒。

 小さいから見逃しそうだったが、手に取ってみると原因は明らか。

 形は人を模していて、邪悪な魔術が掛けられている。如何やら人形代らしい。


「アルバン、それって人形代?」

「そうだな。恐らくこっちじゃない、ヒノモトの文化を齧ったものだな」

「確かに、作りが雑だね。うーん、掛けられている魔術も弱め。だけど嫌な感じがする。これだけで人を殺せるのかな?」

「どうだろうな。この墓石に初めから掛けられていた魔法、それを上書きできたとすれば、話は変わる。本来五穀豊穣のための魔法で使う要諦の魔力を、代わりに人を死に至らしめる魔術で飲み込むんだ。感染力は大幅に増すだろうな」

「でも、なんのためにそんな……」


 考えれば考える程謎だった。

 アルバンとリスタは既に犯人に心当たりはあるのだが、こんなことをした理由が判らない。

 だがしかし、そんなことを言っても仕方がない。急いで報告をしに行こうと、アルバンとリスタは子供を連れて戻ろうとした。


「待テ」

「ん?」

「今、背中にゾクリとする感触が……」


 アルバンとリスタを立ち止まらせる謎の声。

 引き止められてしまったので顔を確認しようとした。

 ゆっくりと振り返る。ゾクリとする邪悪な感触に苛まれると、そこに浮かんでいたのは真っ黒な靄と、巨大な鎌。

 謎の人型がアルバンとリスタを凝視すると、攻撃的な姿勢を見せていた。

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