第20話 ハルキシア・ヒュード

 アルバンとリスタの背後を付けたのは黒い靄。

 その形はだんだんと人に近付くと、手には鋭い鎌を持っている。

 あまりにも危険。それだけは存在感だけで伝わり、ゴクリと息を飲んだ。


「アルバン、急に現れたよ?」

「ああ」

「こういう時に限って、相槌は無しでしょ?」

「ああ」

「だからさ、アルバン!?」


 リスタは会話にならないアルバンを怒鳴った。

 しかしそんなことを言っていられなかった。


「ココカラ立チ去レ」

「伏せろ!」


 アルバンが叫んだ。

 リスタは子供を抱え、慌ててしゃがみ込む。

 すると頭上、丁度頭のあった場所を、黒い靄が通り抜ける。

 その形は湾曲した刃で、まるで鎌の用攻撃を延長したみたいだった。


「な、なんなんだ」

「アルバン、急いで離れよう。そうしないと、この子が」


 リスタは子供の顔色を窺った。

先程よりも青い。靄が濃くなったことで、負の魔力の量が増えたからだ。

そのせいで全身を汚染する速度が増し、再び目の白い部分から靄が漏れ始める。


「そうらしいな」

「それじゃあ早く……アルバン?」

「リスタ、お前は先に行け。コイツは俺がやる」

「こんな時になに言ってるの?」


 アルバンはリスタを先に行かせようとする。

 つまりは自分が囮になり、この場に残ると言うことだった。

 けれどリスタはマジトーンで返すと、ジト目になってしまう。

 今はつまらないことを言っている暇は無い。


「目の前の靄、多分アレは……」

「気が付いている。だからこそだ。こんな機会、滅多に無い」

「やっぱり……アルバン、楽しんでる?」

「そう見えるのか?」

「見えるよ」


 アルバンの目が嬉々としていた。

 目の前の靄、それは強敵の匂いがしており、アルバンの好奇心を掻き立てる。

 それだけでこの場に残る意義は見つかり、アルバンは【黒葬】を槍形状に変化させた。


「ここは俺がやる。だから先に行け」

「……私も手伝って方が?」

「必要は無い。行け」

「はぁ、後でアイスでも奢ってね」


 アルバンは命令口調でリスタを追い出す。

 リスタもアルバンの強情な態度を見て折れる。

 子供を連れ、急いでヒュード墓を去ると、先に村へと向かった。


 一人取り残されたアルバン。

 手にした黒い槍を突き付けると、黒い人型の靄に向かって訊ねる。


「お前、ハルキシア・ヒュードだな」

「ダッタラ、ナンダ?」

「どうしてお前がこんなことをする」

「貴様ニ答エル義理ハ無イ」

「だろうな……だったら、もう要は無い。失せろ」


 アルバンは黒い槍を突き付けると、一瞬のうちに移動する。

 間合いを詰め、槍の射程距離に収める。

 肩の筋肉と背筋を使い、黒い人型の靄相手に突き出した。


 グサリ!


 アルバンの攻撃は的確に黒い人型の靄に入った。

 その瞬間、黒い人型の靄は痛みを覚える。

 本来貫通し、ダメージなんて無い筈にもかかわらず、アルバンの攻撃はそれすら無視していた。


「ナニヲシタ!?」

「さぁね」

「答エロ。答エロ!」


 黒い人型の靄は怒りに身を任せ苛立った。

 すると全身から放出された黒い靄が地面を伝う。

 そこに生えていた緑を枯葉色に書き換えると、生命エネルギーを奪い去った。


「コレはお前の魔法か……生命に彩りを与える魔法が、生命から彩を奪う魔法に変わるとはな。皮肉だ」

「黙レ!」

「ああ、ここからは黙るさ。本気で行くぞ」


 アルバンは左腕を突き出した。

 口元をモゴモゴ動かすと、黒い渦が浮かび上がる。

 最初は小さい。けれど徐々に大きく広がりを見せると、アルバンの姿を飲み込める程になった。


「【黒葬】:《ヘルズ・ドライブ》!」


 アルバンは自らが生み出した黒い渦の中に入り込んだ。

 すると黒い人型の靄は、突然消えてしまったアルバンの姿を追う。

 けれど何処を探してもその姿は見つからず、視線が右往左往してしまった。


「消エタ?」

「ここだ」


 その瞬間、耳元でアルバンの声が聞こえた。

 声に反応して鎌を振り上げようとしたがもう遅い。

 先に黒い槍が突き刺さり、黒い人型の靄は悲鳴を上げる。

 貫かれた方を抑えたままヨタヨタともつれ、膝を付くと、顔の無い頭でアルバンを睨んだ。


「貴様、何者ダ」

「さぁな。俺も答える義理は無い」


 お互いに火花を散らし、バチバチに言い合っていた。

 そこに言葉は必要ない。

 あるのは勝利を欲する思いのみで、互いに武器を叩き付けていた。

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