第12話 腹減り老爺

 アルバンとリスタは早速村に向かって歩き始めた。

 スクラープから丸一日掛かりの距離にある村だ。

 早歩きで進む中、リスタは詳しいことを何も話してくれないアルバンに腹を立てていた。


「ちょっとアルバン。どうしてそんなに急ぐの?」

「急ぐだろ」

「死者が出たからだよね。私も分かるよ、気持ち」

「そうか」

「でもお腹が空いてるのに行くなんて、私達のこと気遣ってないよね? それに町で買い出しはしたけど、まだまだ足りない物が……あっ、アルバン!」


 アルバンはリスタの話を聞こうとしなかった。

 否、話は痛い程耳に届いていた。

 けれどそれを理解したところで意味がない。

 もはや行くことは如何足搔いても確定で、それがアルバンとリスタの役目だった。


「もう、一体幾ら貰ったの?」

「……」

「そっか、それは仕方ないよね」


 リスタはアルバンの思考を読んだ。

 如何やらアリアムから相当の路銀を貰ったらしい。

 断ることができない状況のようで、リスタも諦めて足を動かした。


「でも、どんな魔術が原因なのかな?」

「魔術師か。俺達は魔法使いだから、理解はできない」

「もう。そんなこと言ってたら……あれ?」


 リスタは話の途中で口を噤み、立ち止まった。

 視界を広げるために目を細める。

 すると予め掛けて置いた魔法が自動的に発動し、望遠してズームに見えた。


「アルバン、あそこにお爺さんが蹲ってるよ」

「そうか、見えたのか」

「助けに行こうよ。道中でしょ?」

「好きにすればいい」


 アルバンの了承も得たことで、迷いなくリスタは蹲っている老爺の下に向かった。

 その背中をアルバンも追い掛けると、すぐさま老爺の下に向かう。

 如何やら酷く唸っていて、お腹を押さえていた。

 もしかすると意を悪くしたのかもしれない。リスタは背を低くすると、老爺に訊ねた。


「お爺さん、どうしたんですか? もしかして、お腹が痛いんですか?」

「ううっ、すまんな旅の方」


 老爺は唸り声を上げていた。

 下を向いていた視線を、リスタとアルバンに向ける。

 皺がれた顔色には気は無く、かと言って青白くもない。

 病気ではないようで安心したリスタだが、体調は優れていなかった。


「なにかあったのか? ウイルスかモンスターにでも襲われたのか?」

「アルバン、不謹慎だよ」

「知るか。訊かないと分からないだろ」


 アルバンは不謹慎に老爺に訊ねる。

 リスタは咎めた上で老爺に謝ると、老爺は首を横に振る。

 ゆっくりな動きで辛そうだったが、動ける辺り大病では無いことは確定した。


「そうじゃないの。実はの、腹が……」

「痛いのか?」

「……減ったんじゃ」

「「ほえっ?」」


 アルバンとリスタは興醒めした。

 心配して損したとは思わなかったが、あまりにも心配しすぎてしまっていたらしい。

 圧倒されてしまったアルバンとリスタは互いに顔を見合わせると、何も言わずに鞄の中からパンと牛乳を取り出した。


「あの、さっき買って来たものなんですけど、食べれますか?」

「おおっ!? 食べるぞ。食べさせてもらうぞ」


 老爺は急に体を起こすと、リスタが差し出したパンと牛乳を迷わず取った。

 焼き上がってから三時間しか経っていない柔らかいパンと、持ち運び優先の紙パックに容れられた牛乳。

 同時に口の中に運ぶと、パンに牛乳が染み込み旨味を一層膨らませた。


「な、なんじゃこの美味さは!?

「美味いに決まっているだろ」

「アルバン、黙ってて。喜んでもらえてなによりです。あの、歩けますか?」


 リスタはアルバンを今一度咎めると、老爺に優しく訊ねた。

 しかし老爺は食べることに夢中のようで、何も返してくれない。

 黙々と美味しそうに食べ続ける老爺を逆に邪魔してはいけないと思い、リスタは困り顔を浮かべつつも立ち上がった。


「行こっか」

「そうだな。気を付けろよ、爺さん」


 アルバンとリスタは先を急ぐことにした。

 正直、老爺を放っておくのは忍びない。

 けれど余計なことをして怒られても困るので、何も言わずに立ち去るのだ。


「この先で盗賊が待ち伏せしておるから気を付けてな」

「なにか言ったか?」

「盗賊って聞こえたけど、お爺さん?」


 アルバンとリスタは老爺が何か言ったような気がした。

 断片的に聞き取ると、盗賊が待ち伏せをしているらしい。

 けれど聞き返したが老爺は答えてくれない。

 真偽は不明なまま、パンと牛乳をムシャムシャ食べ続けていた。


「良い食べっぷりだな」

「そうだな……行くか」

「うん。一応気を付けようね」


 アルバンとリスタは盗賊が居ると仮定して先を行く。

 その瞬間、背中を刺すような視線を感じた。

 敵意は無い。だから振り向かなかったが、あの老爺は只者ではないと、強者故に気付いてしまった。

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