第10話 鍛冶師の仕事

「そう言えばアリアム」

「ん?」


 アルバンは鍛冶師の仕事に励むアリアムに声を掛けた。

 丁度情報を求めていないので、ついでに訊ねたいことがあったのだ。


「アリアム、スクラープは変っていないんだな」

「ああ、なにも変わっとらんぞ」

「それは見せかけか?」

「いんや。アルバンやリスタが五年前にこの町に来てから、スクラープは今も昔もなにも変わっていなんじゃ」


 アリアムはスクラープの現状に満足しているようで、決して満足が行き届いているわけではなかった。

 けれどスクラープでは事件などは無く、日々を淡々と送っている。

 その現状を鑑みると、アリアムの目線から見れば、スクラープは何も変わっていないのがいいのだろうと、アルバンは感じ取った。


「それじゃあアリアム、他の町はどうだ?」

「どういうことじゃ?」

「簡単な話だ。アリアムの所には、近隣諸国の情報が入って来るだろ。俺はそれを訊きたいんだ」


 アルバンが求めているのはアリアムの下にやって来る情報。

 近隣諸国で起きている諸々の事件を洗うには、アリアムの知恵を借りるのが手っ取り早いのだ。


「アリアムならなにか知っているんだろ? 近隣諸国で起きている悪事や事件、陰謀……現在進行形でも、過去の情景あろうとなかろうと、俺は俺の役目を果たすだけだ」

「……アルバン、お前は一体なんなんじゃ?」

「なにと言われても困るな」

「お前が魔法使いなのは知っているぞ。だがの、アルバンは……」

「“無”とでも言いたいのか? そうだな。俺は興味無いことに首を突っ込む気はない。ただそれだけの話だ」


 アルバンはアリアムの質問をスラスラと最小限で返した。

 けれどアリアムはそんなアルバンの振舞い方を見て相変わらずと思ってしまう。


「相変わらず生き辛い生き方じゃの」

「勝手に言え。俺は俺であるだけだ」

「そうかの……まぁ、それなら教えてやるんでもないの」


 アリアムは金打をしながら、アルバンの質問に答える気になる。

 一切視線を向ける気はなく、カーンカーンと金槌が打たれる音が響く。

 その音に紛れ込むように、アリアムの口から言葉が溢れた。


「北東にある小さな村、知っているか?」

「北東の村? そう言えば五百年前と百二十年前に、二度行ったことがあるな」

「その村の話じゃ。最近、村で死者が出た」

「死者? 人は何処でも死ぬだろ」


 アルバンは大したことの無い話だとして、軽くあしらおうとした。

 けれどアリアムが言いたいのがそう言うことじゃない。

 問題は“何故死者が出たのか”だ。


「もしかして、死者が出た原因が関係あるのか?」

「そうじゃな。死者が出たのは三日後のことだったらしい」

「三日後? モンスターにでも襲われたのか?」

「それならもっと早くなっておるじゃろ。原因は不明、じゃがの妙なことがあったらしい」

「妙なこと?」


 アリアムは口走る言葉の一つ一つに節を用意する。

 気になるように意図的に折り目を付け、アルバンの興味を誘っているようだ。


「死者の遺体には、共通して黒い靄が掛かっていたらしいの」

「黒い靄? もしかしなくても、それが原因だな。どんな魔力だ?」

「そこまでは分からんが、魔力を孕んでおるんじゃろうな。だが、これは魔法使い、ないしは魔術師の本分じゃ。儂は深入りで金からの、代わりに調査を頼めんか? ついでに、ほれっ!」


 アリアムはそう言うと、手元に置いてあった黒い塊をアルバンに投げつける。

 アルバンは落とさないように手際よく掴み取ると、綺麗な丸い鉄製品に首を捻る。

 握りやすいように加工され、上部中央には丸い穴が別で空いていた。

 中に何か入れられるように細工してあるらしい。


「これは?」

「その村の村長に頼まれていた品物だ。ついでに持って行ってやってくれ」

「俺がか?」

「ほらっ!」


 アリアムはついでに小さな袋を投げつけた。

 ズッシリと重く、黒い紐で口を縛られている。


「駄賃か」

「儂の分は既に取ってある。後は旅の路銀にでも好きに使うといい。なんならリスタに土産でも買ってやれ」

「土産か……参考にする」


 アルバンは受け取った駄賃を鞄の中に仕舞った。

 吸い込まれるように亜空間に消えて行くと、アルバンは渡された品物も仕舞っておく。

 圧倒言う間に手ぶらになると、アリアムはアルバンに伝えた。


「あまり無理はするなよ」

「分かってる」

「分かってないから言っておるんじゃ。あまりリスタに心配を掛けるな」

「善処はしよう」


 アルバンはアリアムの言葉を大切に受け取った。

 それから用件を終えたアルバンは名残惜しさの欠片もなく店から離れて行く。

 アリアムも声を掛けたりはしない。職人として仕事に没頭すると、カーンカーンと金属を打つ音だけが響く、路地の壁に反響する。


 無言のままアルバンは路地を抜けて行く。

 人ごみが浮かび上がると、アルバンもその合間に入り込むように、溶け込んでいく。

 大通りに来る頃にはアリアムの金打つ音は聞こえてこない。

 そこにあるのは喧騒とも呼べない町並みだけだった。

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