第9話 鉄くずの町の再会

 リスタと別れたアルバンは、一人別行動を取っていた。

 スクラープ。鉄くずの町と呼ばれるこの街は、その名の通り至る所に鉄くずの残骸が散らばっている。


 元を辿ればこの街の歴史は古く、採掘場が近くにあったことから、そこで採掘された鉄を鋳造し、鉄塊に変えて加工してきた。

 加工された鉄塊は変幻自在に姿を変え、町を作り上げた。

 戦乱の時代には強力な武器に変わり町の人達がそれを手に戦い、巨大な防御壁を魔法使いと協力して築き上げ、他国からの侵略を妨げた。

 

 それだけ積み重ねてきた歴史も、千年も経てば薄れてしまう。

 現にそんなかつての姿を知っているのはごく一部であり、今では採掘場でまとまった鉄を採掘することもできなくなったせいか、残骸と化した鉄くずを加工する程度の町へと落ちた。

 そのせいだろうか。人の気はそれはなりにあるものの、何処か錆び付いてしまっている。


「まあ、俺には関係無いがな」


 アルバンはそこまで脳裏に思い出しておきながら、一切の興味を抱かない。

 つい数年前に来た時と何ら変わらない態度を取り、その足は数年前と同じ場所へ向かって歩いていた。


 カーン、カーン、カーン、カーン!


 アルバンが歩いて行くと、細い路地を見つけた。

 暗がりの奥から甲高い音が響いている。

 一体何をしているのか。答えは簡単だ。この先には鍛冶師が居る。


「相変わらずなんだな……」


 アルバンは迷うことなく路地に入る。

 奥に行けば行くほど、カーンカーンと甲高い音が響き渡る。

 耳を劈くようにけたたましく、億劫な表情を浮かべるも、アルバンは路地を抜けた。


「変わらないな、この店も」


 路地を抜けると、そこには一軒の店が立っていた。

 かなり簡素な造りで、打ちっぱなしの基礎の上に、乱雑に作られた小屋が立っているだけ。

 ボロボロな上に煤が付着した柵、しばらくの間何も置かれていない埃まみれの陳列棚。

 屋台風になっているものの、立地が悪くて一足は無い。

おまけに手作りの木の看板には、“鍛冶屋”と書かれている。

 誰が如何見てもおんぼろ鍛冶屋で、アルバンは腰に手を当てていた。


「おい、アリアム。今日もいるんだろ?」


 アルバンは誰も居ない店に声を掛けた。

 するとカーンカーンと響き渡る鉄を打つ音が止む。


「ん?」


 店の奥、暗闇の中からひょっこりと顔が覗き込む。

 気だるげな表情、白くボサボサに蓄えた尖った髭、肌は加齢で下がっている。

 おまけにドワーフと言う種族柄か背丈は低く、着ているつなぎが年季を感じさせていた。


「その顔と声、アルバンか?」

「そうだ。久々に来たんだ。顔くらいはまともに見せろよ」


 アルバンは店主であるアリアムに対し、無礼な言い方をした。

 しかしアリアムは慣れ切っているのか、ぶっきら棒なアルバンに溜息を漏らす。


「はぁ。相変わらずじゃの、アルバン。そんなんじゃ、リスタにもいつか見限られるぞ」

「どうだっていい。俺は俺の役目を果たすだけだ」

「役目の。それじゃあなにか? ここに立ち寄ったのも役目の一つか? もう五年と言うのに」

「まだ五年だ。俺とアリアムの付き合いはそんなものじゃないだろ」


 アルバンとアリアムは古くからの友人。と言うわけではないが、店主と客の関係だった。

 こうして足を運んだのも、昔からのお得意様だったことから顔を見に来ただけ。

 アルバンの第一目標が果たされると、変わり映えしない店構えに、アルバンはきょとんとした表情を浮かべる。


「ほぉ、アルバンがそんな表情をするのか」

「俺だってするだろ」

「いんや、アルバンは自分のことを分かっているようで全然分かっておらん。実際、その表情を浮かべた時点でアルバンはこの店の寂れ具合に嘆いたのだろう?」

「うっ……」

「やはりの。だがのアルバン。この店もこの町も五年、いやそれより以前から何も変わってはおらんのだ」

「だろうな。俺もこの町に来た時から織り込み済みだ。この町も人もなにも変わってはいない。鉄くずを打ち続け、過去の姿をひたむきに取り繕う姿がある」

「ははっ、保全と言って欲しいの」


 アルバンの辛辣な言葉を前に、アリアムはぐぅの音も出なかった。

 実際、アルバンの言うことは正しい。

 スクラープは既に落ちた町だ。それでも過去の姿を頼りに今も栄えようと必死に足搔く。

 その姿を見ていると、何故だか心が苦しくなった。


「それじゃあスクラープは今も変わらないんだな」

「変わらんよ。儂がここで何十年店をやっとると思っておるんじゃ」

「ふっ、それもそうだな……売り上げは?」

「まあ、ボチボチじゃの」


 アルバンは昔から理解ができなかった。

 アリアムの店、こんなにもおんぼろなのに繁盛している。

 本当なら町の大通りに店を構えられるだけの知名度も資金もある筈。

 にもかかわらずだ。アリアムはひっそりと裏路地の奥の奥で店を営んでいた。


「ん? それじゃあアリアムが発起人になれば……」

「アルバン、儂のような一介のドワーフがそんな真似できると思うなぞ」

「一介って、アリアムの技術は本物で、この町の市長にも推薦……」

「アルバン、そんな過去の話はもういいんじゃ。だからそれ以上は喋るな。いいな、この町に滞在したいのであれば、分かっておるな」


 アルバンは殺気を感じた。

 アリアムのこの口振りは本気だ。

 ここは大人しく従うことにしたアルバンは無言で頷くと、同時に理解もできた。

 アリアムは面倒事を避けるためにこんな裏路地で店を構えているのだと、心中を察した。

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