第6話 積木崩し
「とりあえずありがとう。おかげで助かったよ」
男性は顎髭を生やし、嗜めるように、アルバンとリスタに感謝する。
如何やらアルバンとリスタはとんでもない相手を助けたらしい。
(アルバン、この人って)
(黙れ)
(そうは言っても……)
(マーカーは付ける)
アルバンとリスタは心の中での会話をした。
昔からの魔法、《テレパシー》を活用する。
おかげで言葉なく、会話を可能にした。
「俺はエンヴィル、見ての通り行商人だ」
「行商人? なるほど」
「行商人なんですか?」
「そうだよ。とは言え、今のところは見ての通りだけどね」
エンヴィルは身の回りを両手を広げて披露する。
アルバンとリスタは荷車の中で腰を下ろしているのだが、如何も積荷が空だった。
もちろん箱の一つも二つもない。
透明にされているのかと思ったが、そこも残念なことに、なんてことがない。
アルバンとリスタはキョロキョロ視線を錯綜させる。
如何見ても、如何感じても、何一つとしてない。
「本当に積荷は無いんですか?」
「ん? どういう意味かな」
「簡単な話だ。この馬車は、ここから一番近い町に向かっているんだろ。となれば、反対に対する町までの距離はザッと数えても数十キロはあるだろう」
アルバンの言うことはもっともだった。
ここは町と町の丁度間。
しかも距離は大分あり、行商人がその過程で何の成果も上げられないことはないはずだ。
ましてやこの大きさの荷車。
それを引くのはたった一頭の馬。
あらゆる面で矛盾が生じ、アルバンの鋭い眼が睨みを利かせる。
「「さあ、どんな言い訳をする?」
「言い訳って、それじゃあまるでエンヴィルさんが悪者みたいでしょ?」
リスタはアルバンの口調を咎める。
流石に初対面の相手にその言い方はない。
リスタなりに配慮はしたのだが、アルバンには効果薄だ。
「言い訳ですか……確かに荷車の中に積荷はないよ。でも、荷はある」
「「!?」」
その瞬間、エンヴィルから迸る殺気を感じた。
ここは危険だ。
そう思えば思うほど余裕な様相を被ると、アルバンとリスタの二人はエンヴィルを睨む、
(動いたらやるぞ)
(仕方ないよね)
再び《テレパシー》で会話をする。
するとエンヴィルはアルバンとリスタを刺すような目を向ける。
唇を尖らせ、薄くさせる。
髭を蓄えて鳴らすと、ニヤリと不気味な笑みを浮かべる。
「ふん。流石は魔術師だね」
「「ん?」」
その言葉を聞いた瞬間、アルバンとリスタは、首を捻る。
思ったものと違う回答に、流石に唖然とせざるを得ない。
(つまらないな)
(つまらないって、そんな言い方……)
(本当のことだろ。本気を出す価値もない)
(それはそうだけど)
アルバンもリスタも興味を失う。
かと思えば、エンヴィルは何処からともなくアイテムを取り出す。
それは器のようで、中には液体が入っている。綺麗な透明の液体。見れば吸い込まれてしまいそうだ。
「よければこれを」
「これは?」
「近くの山で汲んだ天然水だよ。器は余っているものを使っただけで、他意はないから」
「「はぁ?」」
アルバンとリスタは目の前に器が置かれる。
それを思っで瞬間、アルバンもリスタも黙り込み、器からソッと目を外す。
流石にこの器は飲めない。
汚れてはいないものの、何だか嫌だ。
二人の間に微妙な空気が流れると、そのまま視線をスライドさせる。
「もしかして飲まないのかい? 残念だよ」
「「残念?」」
「うん。その水、かなり美味しいものだけど、飲まないなら俺が代わりに貰うよ」
そう言うと、エンヴィルは器に入った水を飲んでみせる。
ゴクンゴクンと喉を鳴らす。
アルバンとリスタはその様子を見定めると、ボーッと視線が泳いだ。
「ふぅ、美味い」
エンヴィルは一人で嗜み、納得すると、アルバンとリスタを置いてけぼりにする。
「それよりアルバン、リスタ、二人はこれからどうするのかな?」
「どうするって言われても……」
「町に行く。ただそれだけだ」
アルバンはエンヴィルの質問に即答で返す。
するとエンヴィルは表情を濁し始め、鋭い目で睨みを利かせる。
「町に行くのか」
「ああ。と言うわけでそろそろ行く」
「あっ、ちょっと待ってよ、アルバン!」
アルバンはそそくさと、荷車の外へと向かった。
その背中を追って、リスタも出て行った。
荷車の中にはエンヴィル一人だけが取り残されると、不適な表情を浮かべる。
「なるほど。そう来たか」
エンヴィルは荷車の外を睨み付ける。
そこには何が浮かぶのか、何を見ているのか、黒いものを見定めると、エンヴィルは荷車の外へ向かう。
「だが甘いな。俺は、その程度で……いない?」
エンヴィルが外に出ると、そこにアルバンとリスタの姿はなかった。
あまりにも一瞬の出来事で、エンヴィルは理解ができない。
「あの一瞬で姿を消した? まさかな。そんなはずは……」
しかしエンヴィルはそんなはずはないと豪語する。
右往左往する目が周囲を追うも、どれだけ気配を探ろうにも、何も引っかかってはくれず、エンヴィルは理解することさえ諦める放心状態に陥るのだった。
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