第5話 人面の馬

 アルバンとリスタは道端を歩いていた。

 この先には、地図によると小さな町があるらしい。

 本当の目的はこの先にある村なのだが、その道中で、アルバンとリスタは気になるものを見つけた。


「アルバン、あれを見てよ!」

「馬だな。それと荷車に男が一人か」


 視線の先、道の端に立ち止まる荷車の姿。

 その隣には困り顔の男性が一人と、痩せ細った馬が一頭。

 何やら蹲っていて、全く動く気配が無かった。


「きっと困っているんだよ、行ってみよう!」

「はぁ、どのみち横切るからな」


 アルバンとリスタは声を掛けてみることにした。

 ここで素通りをして、変な顔をされても困るからだ。


「あの、どうしたんですか?」


 リスタは躊躇わずに声を掛ける。

 すると男性は振り返り、顎髭をジョリジョリ擦る。


「君達は?」

「旅をしている放浪者だ」

「放浪者は旅をしているものだと思うけど……それより、どうかしたんですか?」

「ん、ああ。馬車が壊れてしまってね。おまけに馬も調子が悪いみたいなんだ」


 男性は荷車をチラ見する。視線を預けると、確かに車輪が一つ外れている。

 おまけに軸が折れてしまい、修復は容易いが、技術が無いと大変そうだ。


「馬の調子も悪いのか? うわぁ」

「ヒヒヒン!」


 アルバンが馬の様子を見ると、あまりの顔色に驚いてしまう。

 その顔立ちはまるで人間のそれで、流石に腰を抜かしかけた。

 おまけに鳴き声も語り掛けるような感じで、アルバンは目を擦る。


「な、なんだこの馬は」

「ああ、この馬は人相が悪いんだ。いや、この場合は馬相と言うべきかもしれないが」

「そうだとしてもだな……はぁ」


 アルバンは溜息を付いてしまった。

 それからくだんの荷車に視線を戻す。

 リスタが真剣な様子で睨めっこをしており、何とかできないかと考えを巡らせているところだ。


「どうにかなるのか?」

「うーん、多分直せると思うよ?」

「ほ、本当かい!?」

「は、はい。確証は無いですけど、ちょっとやってみますね」


 そう言うと、リスタは落ちていた木の枝を拾い上げる。

 車輪の折れた軸に合わせると、長さを整えるため、腰のベルトに刺していたナイフを取り出す。

 表面を剥ぎ、長さを整え、魔法で軽くコーティングまですると、容易く折れた軸そっくりの、いやそれ以上の物を用意した。


「こんな感じかな?」

「す、凄い。って、君はエルフ族?」

「そうですけど、このくらいは昔から慣れていれば簡単にできますよ。後はここをこうして組み合わせば、はい完成」


 リスタはものの数分で車輪を直して見せた。

 そのあまりの手際の良さに、男性は驚くも、すぐに舌鼓を鳴らす。


「これは凄い。後は馬の調子さえ戻れば……」

「ヒヒヒン! ヒヒン、ヒヒヒンヒンヒヒンヒ!」


 男性が馬のことを睨むと、痩せ細った馬は必死に何かを呼び掛ける。

 もしかするとお腹が空いているのかも。

 それとも怪我でもしているのかも。

 様々な推測ができる中、アルバンとリスタは馬のことを凝視する。


「もしかしてこの子……」


 そこまで言おうとした瞬間、アルバンはリスタに肘を入れる。

 突然の急襲にリスタは苦悶の表情を浮かべ、「うっ」と声を漏らす。


「なにするの、アルバン!」

「近付きすぎるな、怪我するぞ」


 リスタは馬に手を出そうとしていた。

 平らな歯がリスタの手を噛み千切るかもしれない。

 その瀬戸際になると、アルバンが前もって防いでくれたのだ。


「そっか、ありがとうアルバン。でも……」

「そんなことよりも、今は距離を取ることだ」

「う、うん。そうするね」


 アルバンからのありがたい忠告を受け、リスタはほんの少し距離を取る。

 すると人面の馬は何処か物寂しそうに鳴き声を上げると、荷車に車輪を付け終えた男性が待っていてくれた。


「ありがとう、旅人さん達。おかげで荷車はこれで動くよ」

「それは良かったな」

「でも、あの子は……」

「はぁーん。困った。一体如何すれば……」


 本気で困ってしまったようで、頭を掻きむしる。

 けれどアルバンもリスタも魔法は使おうとしない。

 自分達の魔法が、この状況では見合わないと分かっているからだ。


「急ぎの用でもあるのか?」

「そういう訳じゃないけどね、いや、むしろ急ぎたくはないかもしれない」

「……もしかして、商談かなにか?」

「そうとも言えるけど、実はこの国に来るのは初めてで、あまり勝手が分かっていないんだよ。正直、心身共に擦り減っているんだ」


 如何やら神経性のストレスを抱えているらしい。

 腹を押さえだすと、苦しい表情を浮かべている。

 その様子を見ていたリスタは男性に近付き魔法で癒す……のではなく、腰に付けたポーチから薬を取り出す。


「よかったこれ飲んでください」

「ううっ、これは?」

「私が作った薬です。エルフ族特有のものなので、合うかは分かりませんけど、絶対効きますよ」


 リスタはせめてものと思い優しさを見せる。

 すると男性の目の色が一瞬動く。

 けれどそれが何とは言い切れず、男性は「ありがとうね」と言った。


「よかったら少し待っていてくれるかな? 落ち着いたらなにかお礼をさせて欲しいんだ。ううっ、痛たたたぁ」


 男性は腹を押さえ続け、荷車の中へと消える。

 大きな荷車で、人が一人入っても特に揺れたりしない丈夫な造り。


「どうする、アルバン?」

「待ってみるしかないだろうな」


 アルバンとリスタは外で待つことにした。

 その間荷車には一切近付かない。

 下手に物を壊して弁償はたまらないと内心では思いつつ、ボーッと空を眺めるのだった。

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