第3話 【黒葬】:アルバン・プルファイア
アルバンとリタリは森の中を歩いていた。
如何してこんな場所を通るのか。
その理由は今しがたにあった。
「すまないな、アルバンとリタリ」
「ううん、全然構わないよ」
アルバンとリタリは森の中で困っていた老爺を見つけた。
手元には古びた斧がある。
如何やらこの森の木を伐採しに来たようだが、ぎっくり腰になってしまったようで、まるで動けなくなっていた。
そこにたまたま立ち寄ったアルバンとリタリ。
二人はお爺さんに話を伺い、こうして作業を手伝うことになった。
「アルバン、丸太は頼んだよ」
「分かった」
アルバンは影の中から黒い渦を取り出す。
その姿は指先に触れた瞬間、瞬く間に黒斧へと変貌。
アルバンは両手で抱え込むと、腰を落として目の前の大木を相手にする。
「この大木か。なるほどな、ジュトンラームか」
「ジュトンラーム? そんな木をこの斧で……」
「ははっ、面目ない」
老爺は腰を痛めながらも照れ笑いを浮かべる。
しかし照れ笑いどころの騒ぎじゃない。
ジュトンラーム。とても硬い木の品種だ。
「お爺さん、動いちゃダメだよ? アルバンも気を付けてね」
「分かっている。俺はそんなへまはしない」
アルバンはお爺さんのことをチラリと窺う。
如何にも舐めている。そんな気は一切無いのだが、何も手が無い訳じゃない。
根拠もなく目の前の強敵に挑む気はなく、フッと一息を入れる。
「ま、まさかアレやるの?」
「リタリと言ったか、アルバンはなにをしようとしておるんだ?」
「なにもかにも無いよ。お爺さん、急いでここから離れないと」
リタリは老爺の腕を引く。
突然のことで、老爺は驚いてしまう。
目を見開くと、これから良くないことが起こると想像が付いた。
「リタリよ、本当にアルバンは……痛たたたぁ!」
「我慢して、お爺さん。急がないと……」
リタリがこれだけ焦るのには訳があった。
それもそのはず、アルバンは魔力を高めている。
今から魔法、しかも固有魔法を纏った攻撃を放とうというのだ。
「【黒葬】:《ヘルズ・アッシュ》!」
アルバンは魔法名を唱えた。
すると黒斧にとんでもない量の魔力が溜まり、グルグルと黒い渦を巻き上げる。
ズッシリと重い。その風圧は、一瞬で周囲の木々を巻き込むと、バキバキと枝々を折り始める。
「な、なんじゃこの風は!」
「お爺さん気を付けて。この風は体に毒だよ」
「ど、毒?」
「うーん、厳密には違うけど、とにかく急いで離れて!」
リタリは腰を痛めた老爺を連れて急いで逃げる。
ある程度の距離、およそ十メートル程移動すると、アルバンは頃合いと見た。
黒斧を振り上げると、全身が地面の中へと落ちて行きそうな感覚に苛まれつつも、そのまま全身を使って斧を振り下ろした。
「砕けろ!」
アルバンが黒斧を振り下ろした瞬間、時空が裂けたような紫色の歪みが生まれた。
一瞬、体と魂が巻き込まれてしまいそうで、吸い込まれて消えそうになる。
しかしそれもほんの一瞬で、気が付いた時には、爆音と共に目の前の大木が伐採されていた。
「ううっ、酷い目に遭ったよ」
「一体なにが起こったんだ」
「なにが起こったって……うわぁ!」
ふと振り返ると、目の前は開けていた。
アルバンが一仕事終えたように佇み、切り株だけにされてしまった大木を眺めている。
その傍らには綺麗な断面を誇る大きな丸太。
如何にもこうにも、無事に伐採は成功したらしい。
「リタリか。終わったぞ」
「終わったぞじゃない!」
リタリはアルバンのことを軽く叩いた。
すると何故叩かれるのか分からないアルバンは首を捻る。
キョトンとした様子で物怖じもせず、瞳孔の一つも動かなかった。
「アルバン、少しは周りを見て魔法を使ってよ。アルバンの魔法はかなりハッスルなんだから」
「強力無比ではあるが」
「それで周りの自然環境まで変えちゃったら、私達の放浪の旅も意味ないでしょ?」
「それは確かに……だが!」
「口答えはしないの!」
「……分かった」
アルバンはリタリにドヤされ、黙りことしかできなくなる。
口を噤むと、悔しいのか、不満がたらたらなのか、ジッと視線が鋭い。
「でもこれだけは言えるよ。お疲れさま、アルバン」
「……怒らないのか?」
「起こらないよ。無事に丸太は伐採してくれたから、後はこの丸太を解体するだけ……でいいんだよね、お爺さん?」
リタリは振り返り、老爺に訊ねる。
すると老爺は挙動不審な態度、もとい、キョトンとした態度で放心する。
ぼんやり開けた世界を眺めながら、お爺さんはポツリと吐いた。
「これが魔術師……おっかないの」
老爺はアルバンとリタリのことを魔術師と評して恐れる。
しかしそれは間違いだ。
ここに居るアルバン・プルファイア。少年は魔術師ではなく、れっきとした魔法使いなのだから。
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