第2話 飛竜襲来
上空を指さすアルバン。
その先には大きな口をぱっくりと開け、今にもアルバンとリタリを食らおうとする影が浮かぶ。
それは竜の中でも飛竜と呼ばれる種で、姿形からワイバーンだと難なく想像が付いたのだが、問題はワイバーンに目を付けられたことだった。
「ちょっとちょっと、アルバン! 気が付いてるならもっと早く……」
「来るぞ」
リタリは目を見開き、アルバンを叱咤する。
対してアルバンは至極冷静な態度を取ると、ワイバーンの鋭い牙を生やした口を目前に構え、ソッと地面を蹴った。
バッシュン!
空気を噛み砕く音、強烈な風圧が舞い込む。
アルバンとリタリの姿を捉え、ワイバーンは顎をガミガミ動かす。
しかし何の感触もない。あるのは湿った土の香りだけだ。
「ドラァッ?」
「教えてよ。危く食べられるところだったよ」
「すまない」
キョロキョロ首を振るワイバーン。
その目が捉えたのは、難なく攻撃を回避したアルバンとリタリの姿。
傷も怪我もなに一つなくピンピンとしており、いつも通りの些細な会話を楽しんでいた。
「それよりもどうするの? ワイバーンを倒したら流石に周囲にも影響が……」
「逃げてもいいが、逃がしてくれそうにないぞ?」
「そうだよね。うん、それじゃあ……」
「答えは出ているな。やるぞ」
「言われなくても!」
アルバンとリタリはワイバーンを目の前にしても態度を変えない。
その様子にワイバーンも異様さを覚えたのか、威嚇混じりに吠えた。
「ドラァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
「「おー」」
しかしワイバーンの威嚇もアルバンとリタリには決して届かない。
まるで珍しい物を見たような高揚感に包まれると、にこりと不敵な笑みを浮かべる。
そのまま臨戦態勢。アルバンは影の中から黒くて禍々しい槍を取り出し、リタリも指の間にカラフルな珠を挟み込む。
「それじゃあいつも通り」
「今晩の飯はアレだ」
「ん? 今なんって言ったの? もしかしてワイバーンを食べるんじゃ……」
「かなりの状物だ。仕留めるのは俺がやる。合わせてくれ」
そう言い残すと、アルバンは黒槍を手にして、ワイバーンに向かって行く。
全身に魔法を掛ける。そんな野暮な真似はしない。
呼吸法で全身の筋肉の効率を引き上げると、人間離れした動きを見せ、ワイバーンの首元に一瞬で近付いた。
「龍種の弱点は共通。下顎の下、首元の逆さ鱗。つまりは逆鱗だ!」
アルバンは幾度ともなる竜との戦闘で心得ていた。
しかしそれはワイバーンも同じこと。
DNAの中に刻まれた危機感に反応し、口から炎を吐いてアルバンを牽制する。
「ブハァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
流石に避けることはできない距離。
アルバンは黒槍を前にかざして守ってみせようとするが、熱はそれすら許さない。
圧倒的な火力でアルバンの褐色の肌を焼こうとするが、その瞬間、一つの珠がアルバンの前に参上する。
「【白璽】:《モノ・プロテクション》」
詠唱は一切存在しない。
得意の魔法を発動させたリタリが、アルバンのサポートをする。
すると珠が白く発光し、あまりの眩しさでワイバーンの視界する潰すと、そのまま炎を受け止める作用を及ぼし、アルバンに攻撃が一切届かなくなる。
「流石だな、リタリ」
「感心している場合じゃないよ。早く、倒して!」
「分かった」
リタリの言葉を受け、アルバンは黒槍を突き付けた。
狙いはワイバーンに一枚だけ備わった弱点。
逆鱗を切れ長の目で探して見せると、素早く打ち込んだ。
「そこだっ!」
「ドラァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッ……」
ワイバーンは絶叫の最中、肺を酷使するような悲鳴を上げた。
全身をのけ反り、揺らし、暴れ散らかす。
それが刹那的な時間に集約されると、やがてワイバーンは目を伏せて、悶絶するままに息絶えてしまった。あまりにも一瞬、ワイバーンにとっては儚い時間だった。
「倒したな。後はコレを」
「倒したなじゃないからね。今のは、私が居たから成立したわけで……」
「当り前だ。それより解体して調理するぞ」
アルバンはいつの間にか黒槍から黒鉈へと変化させていた。
まるで包丁のように巧みに操ると、今か今かとワイバーンを解体しようとする。
「ちょっと待って!」
しかしリタリは全力でアルバンを止める。
後ろから羽交い絞めにすると、柔らかい胸がアルバンに触れる。
しかし一切の色欲を覚えないアルバンにとっては何てことは無く、ただ拘束されてウザいだけだった。
「なんだ?」
「ワイバーンを食べるの? 本気で言ってるの?」
「言っているがなにか?」
「なにかじゃないよ、全く!」
流石に信じられない。ワイバーンを食べるなんて言語道断。
リタリは全力で拒否すると、アルバンに指を突き付ける。
「ワイバーンは貴重な竜種。売ればお金もたくさん、それに余った素材は私の魔法にも使える。だからいつもみたいに丸焼きはダメ。保存用に解体はしても、鱗ごと鍋に投げ込みは禁止。いいね!」
「……善処する」
リタリは常識人……ではあるのだが、ハイエルフの魔法使いだ。
アルバンとの馬は妙に合うようで、二人して各々の利を尊重し合いながらワイバーンを解体する。
その様子は魔法使いではない。まるで蛮族のようで、ただの魔法使いには一切が見えなかった。
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