【スピンオフ】魔法全盛期の千年世界を生きた魔法使い達、魔法の廃れた世界を放浪中。

水定ゆう

第1話 【黒葬】と【白璽】

 ある晴れた日の昼下がり。

 午後の強い陽射しを浴びながら、二人分の影が蠢く。


「ねぇ、アルバン」


 一人は少女。

 だけどただの人間じゃ無い。

 長い耳を持ち、体調でも悪いのかと錯覚する程白い肌。非常に強い魔力を放つその種族は古からのハイエルフだ。


「なんだ、リスタ」


 もう一人は少年。

 ただの人間、とは言い難い種族だ。

 一見すると褐色の強いだけの人間に見えるが、鋭い切れ長の目に加えて、ハイエルフの少女にも匹敵する強い魔力を孕んでいた。


「なんだじゃないよ。次の村まで後どのくらい歩くの?」

「さぁな」

「さぁなじゃないよ!」


 アルバンの一言に、リスタは盛大にツッコミを入れた。

 しかしアルバンは表情の一つも変えず、ましてや完全にスルーを決め込む。

 話を聞いているのか、聞いていないのか、さっぱり分からないけれど、リスタは首を横に振る。


「はぁ、もう。そろそろちゃんとしたベッドで寝たいよ」

「作ればいいだろ」

「魔法で魔術で?」

「どちらでもいい。それより、足を動かすぞ。まだ今日の晩飯も調達できていないんだ」


 アルバンの口調はシビアだった。

 リスタにはグサリと突き刺さってしまい、むしろ苛立ちさえ覚える。

 しかしそんな話は当に超えている。

 リスタは諦めるように溜息を混ぜると、ふと意識を変えてみた。楽しいことを考えるんだ。


「そうだ、アルバン」

「なんだ」

「しりとりしようよ!」

「しりとり?」


 突拍子もないことをリスタは呟いた。

 するとアルバンは如何にも怪訝そうな表情を浮かべる。

 しかしリスタの顔色を窺うと、「はぁ」と一つ溜息をつく。


「最初の文字は?」

「あっ、乗り気だね。それじゃあ下手にリンゴから!」

「リンゴか。それなら、ゴマ」

「ご、ゴマ?」

「ご、ゴマなの? そこはもっとメジャーな」


 リスタはアルバンが初っ端から仕掛けて来たので驚く。

 しかし決してマイナーでもない。

 ゴマ、そう来たなら次は何を言おうか考える。


「それじゃあマーブルスネーク!」

「マーブルスネーク? あのマーブル模様の蛇系モンスターか」

「そう、そのマーブルスネーク!」


 リスタはリスタなりに意表を突く。

 マーブルスネーク。

 アルバンなら食いつくはずだと確信していたが、やはり食いついて来たので、少し面白い方向に動く。


「クリオラント」

「クリオラント? それって、鉱石の一つ、別名透華水晶ことだよね?」

「そうだ。あの鉱石は街中では貴重だが、魔力の溜まった鉱山では珍しくもない」


 今度は珍しい鉱石で反撃。

 クリオラントと来たからには、リスタも負けてはられない。


「トルネラの弓」

「みかん箱」

「ここで!? ここでみかん箱なの。まさかの普通の返し手……」


 リスタはアルバンの考えていることがよく分からない。

 もちろんある程度の推測はできる。

 だけど、どれだけ一緒に旅をしていても、それ以上踏み込めなかった。


「えーっと、ちょっと持ってよ。みかん箱でしょ、みかん箱……」

「考えるまでもないだろ」

「考えるまでもない……コーヒーとか?」


 リスタはアルバンの思考を読む。

 コーヒーと安直な回答。

 しりとりとしては弱すぎた。


「ひ、ひか」

「アルバン、“ひ”から火とかやめてよ」

「そんな真似はしない。そうだな……」


 まさかの長考に入った。

 アルバンはリスタの考えの先を行こうとする。

 しかし考えすぎるがあまり、視線を上に向けてしまう。腕を組むと、そのまま黙ってしまった。


「アルバン、そんなに考えなくてもいいんじゃないかな?」

「そうだな……あっ!」

「思い付いた?」

「そうだな。飛竜はどうだ、例えばワイバーン」


 まさかの突拍子もない回答。

 リスタはアルバンが突然飛竜と答えたのでピンと来ない。

 でもこれはしりとりだ。特に考える素振りはなく、リスタは続けようとする。


「えーっと、飛竜でしょ、飛竜……」

「そうじゃない」

「そうじゃない? えっ、もしかして変えるの?」

「そうでもない」

「どう言うこと? それにさっきから視線が……ええっ!?」


 アルバンの視線が空を向いたまま止まっていた。

 気になったリスタも空を見上げる。

 すると巨大な影が浮かび、コチラを覗き込んでいた。


 リスタは焦った。

 その姿形、それこそはまさに天空の主人そのもの。


「わ、ワイバーン!?」

「そうだな」

「そうだなじゃない!」


 如何やらアルバンとリスタは睨まれてしまった。

 飛竜は悠然と飛び交うと、鋭い牙を剥き出しにし、獲物を狙い澄ますように、上空から襲いかかって来たのだった。

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