14 休憩
何か温かい、気持ちの良いものに包まれていて。
ベッドってこんなに柔らかだったっけ……?
ちょっと違うような気がするなと目を開けてみたら、目の前に肌色があった。
「!?!?!?」
正確には、視界一杯に白いシャツと肌があって。
つまり。
あああああああああ! ぼぼぼぼ僕はっ!
僕はすぐさま自分の胸元を見た。動けない今、そこしか視線を向けられない。
……僕はドレスを着ていて、しかも朝着替えたままだった。
いやそもそも何時?
ってか!
「目、覚めたのか……」
ヤンの眠たそうな声が僕のつむじから聞こえてくる。
「さ、さ、覚めま、した!」
僕はヤンの腕の中で眠っていたようで、で、ヤンもどうやら眠っていたようで(多分僕がごそごそして起こしてしまった)、で、僕たちは服を着たままで、で、このベッドはカーリンのじゃなくて!
こ、ここは……ヤンの家?
でも、でも、本当に? 服を着てたのは脱がなかったから? つまり何もなかった?
いやだから今何時? 僕はヤンにホールドされていて身動きが取れず何も状況を知ることができない。
「……悪い。すごく眠いんだ……あと五分このまま寝かしてくれ」
そう言ってヤンは夢の国へ戻ってしまった。
あの、これ、寝るのはいいけど、僕を解放してからにしてほしかった……。
まあ五分ならこのままでもいいか。
気を失う前のことを考えればまだ少し動機がするけれど、この状態が心地良くて、これ以上深みに嵌る気がしない。ヤンに抱きしめられるのに慣れてしまっている自分が少し怖いけど。
人としての温かみを感じるから、恥ずかしくないとは言えないけどそこを少し超えてしまえば、体を預けることによる心の平穏がある。
こういうのを、好き、と言うのだろうか。その人を好きという気持ちはそういうことなのだろうか。信頼、という言葉にも置き換えられるのかもしれない。
レイフとニナもそうなのかな。境遇は違うけど心の繋がりが。
あ。
すっかり忘れていたけど。カーリンは。
ヤンがカーリンも平民の子だと言っていた。でもどういうことなんだろう? カーリンの家が成り上がりなのだとしたら元は平民ということになる。でも、カーリンが生まれた頃にはすでに上流階級であったはずだ。メアリが語ったカーリンの幼少時代、すでにレイフの家と付き合いがあったわけだし、将来的にメイドになるメアリもいた。
……カーリンはスヴァンホルム夫妻の子供ではない、ということだろうか。
カーリンはその事をいつ知ったのだろう。
メアリにあんな暴言を吐くようになったのはそのせいで、メアリはカーリンの出生を知っているからこそ献身的なのかもしれない。純粋であった頃をメアリは知っているから。
カーリンはニナが嫌いなんじゃなくて、自分が嫌いなんだ。偽物のお嬢様。それが自分。そして同じなはずなのに、好きな人と一緒になれるニナに嫉妬した。
恋心を打ち明けることもできなかったカーリン。整理がつかず燻(くすぶ)ったままに親が決めた男と一緒になるのはつらいだろうな。
そうか。この子にも理由がある。
ヤンは。
カーリンのことを本当はどう思っているのだろう。それは訊かない方がいいのかな。どこかのルートでわかることなのかもしれないし。僕が訊くのは無粋だ。
そしてきっちり五分後。ヤンは起きた。
顔を上げられる状況に、ヤンが腕を緩めてくれたおかげで見上げれば。
ヤンの頬が赤く腫れていた。
あの状況でレイフが大人しく帰るはずがなく、ニナからヤンを引き離す時に怒りを爆発させて殴る、というのは当然の成り行きだろう。
でも。
「すみません、痛かったですね」
「ん? いつもの展開だから何とも思ってないよ、俺は。ただあいつ、今回は思いっきり殴りやがった。二度目となると遠慮もクソもあったもんじゃないな」
ヤンは頬を擦って心底嫌そうな顔をした。余程痛かったのかもしれない。
「すみません……」
兄として謝りたくなる。
「ま、それはお前のせいじゃないし」
そう言うと、ヤンはのんびり身を起こした。僕も慌てて起きる。やっぱり見下ろされるのはイヤだ。……僕は女子か。いやまあ女の子ではあるけれど。
「お疲れさん、お前もお役御免だ」
ヤンは僕の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「……ありがとうございます」
長かったような短かったような。
そう。これでエンディングへのフラグが立った。二人が仲直りして、今度こそ結ばれる。
よくよくよく考えればニナとレイフがその……結ばれるっていうのはそういうことに至るわけであって、男と女なのだから自然なことではあるけれど、葵が女の子と。女の子と、は、肌を密接に……。
「お前の百面相は見てて飽きないな」
「い、いやっ、あのっ、自然な事とはいえ」
「何の話だ」
「いえいいんです、何でもありません」
素直に言えば、試してみるか?とからかわれるに違いない。一応、ヤンとカーリンとすれば何の問題もないけど、中身が僕なのがその……。面白がられて終わりにしても、彼女いない歴イコール年齢の僕には随分ハードルが高くて、メンタルが激突して粉々になりそうだ。
ヤンはそれ以上の詮索はせず、これからのことを話した。
「グッドエンドは開いたが、カーリンはエンドマークが付くまで付き合ってもらう」
エピローグは、四つ葉会執行部の改選なんだそうだ。学園モノっぽい終わり方だ。
会長は現会長の指名制で、副会長は新会長の指名。残りの役員を選挙で決めるらしい。
「会長はレイフで副会長はニナですか?」
王道だろう。
「その予定だが、ニナがああだし案外そこは違うかもしれないな」
活発な子だし、やる気はありそうだけど。
「まさか学校辞めるってことはないですよね?」
散々退学を迫ったのだ。嫌になったっておかしくはない。ヤンは卒業してもカーリンは同級生としているわけだし。犠牲的に我慢をするような子じゃないだろう。
「今回の転校はユングクヴィスト家からのものだ。婚約を破棄しない限りニナ一人の意思では変えられない。もともと聡明な子だが違う世界に飛び込むことになるから綺麗も汚いも見て来いということだろう」
嫁ぐというのは大変なんだな。
「ところで、晩飯食って帰るか?」
……そんな時間だったのか。
「いえ、明日も学校ですしあまり遅くなっては」
「じゃ泊まっていくか?」
「えぇ!?」
男友達のようにさくっと言ってくれるが。
「ウチから学校へ行けばいいし、何にも問題はないだろうよ」
いやまあ?
ここはいろんな話ができて素直に楽しいだろうなと思うところなのか、緊張と警戒で寝られないから無理だろうなと思うところなのか。
……それとは別に、この世界について訊きたいこともあるにはある。夜通し話を聞けるかもしれない。でもそれは僕が自ら知らなければとも思うのだ。帰って、改めてゲームの中でみんなのことを知るべきだと。
と、僕は帰れる気になってるけど。
「メアリに心配をかけたくないので今日は帰ります」
ヤンの家ならばメアリも安心して待っててくれるとは思うが、今はできるだけメアリの目が届くところにいた方がいいとも思うのだ。
「別に取って食いやしないのに」
そう言われれば、僕がとても肝の小さい人間に聞こえるじゃないか。
でも本当に? ないと言い切れるのか? カーリンは女の子で婚約者だ。どうにかなったところで何の問題もない。
……本当は。
どうにかなりそうになった時、土壇場で拒みき切れる自信がないのだ、僕に。僕の中のカーリンと僕自身も……も? 僕は拒まないといけないの、か? え? え? 駄目だわからない。思考が止まる。
「ま、今日はゆっくり自分のベッドで寝た方がいいな。何だったらメアリに付き添ってもらえ」
あ。
「すみません、一つだけ」
それでも。
「うん?」
「カーリンとメアリは本当は」
「違う。姉妹じゃない。彼女の母親もスヴァンホルム家の使用人だったし父親も関係者だ。カーリンは小さな村からの身寄りのない貰い子で間違いない」
ヤンは僕が訊くことを予想していたのだろう。
「そう、ですか」
姉妹の方が嬉しいかなと思ったけど、メアリのことを考えればカーリンは孤立無援の方がいいのかもしれない。
「どれだけ夫妻に大切に育てられてきたか、カーリンもそのうちわかるさ」
僕は晩御飯もいただかず、夕暮れの中をマグヌソン家の車で家へ戻った。
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