第49話 ナナルの心境

※三人称です




 ママルがムウからのラブレター受け取ってから、一週間が経過した。

 夕刻、手紙に書かれていた指定の場所に、姉妹が向かう。


「もうすぐサマチアの一本杉だよ、お姉ちゃん」


「んふふ、楽しみい。昨日なんてワクワクしちゃってあんまり眠れなかったもの」


 ナナルが顔をしかめた。


「……なんで、ムウと戦うの?」


「へえ? いまさら?」


「だって、マスターギルドのクエストでも何でもないのよ? お金にもならない。それに、どうせムウじゃお姉ちゃんには勝てない。手も足も出ない。そうじゃない?」


「わかんないよお〜?」


「そりゃ、あいつは凄いやつだけど……」


 ふふ、とママルが微笑む。

 ナナルにとっては見慣れた笑み。しかし、今日はどこか違う気がした。

 どことなく、ピリッとした圧を感じる。


「ナナルちゃんのためだよ」


「私の?」


「ムウちゃんは、きっとナナルちゃんの良いライバルになる。だから、どこまでできるのか見極めたいの。ナナルちゃんがマスターギルドに入るなら、ムウちゃんも、それくらいの実力者であってほしいなあ」


「どうして、そこまで……」


「私じゃあ、限界があるから」


「?」


 一本杉にたどり着く。

 まだ、誰もいない。


「私はねえ、世界で一番強い自覚があるんだ〜。マスターギルドの1位よりねえ。恩があるから、順位の交代はしてないけど」


「……」


「でもねえ、私より強い人。いいや、強くなる人を知っているの」


「だ、誰?」


 ママルの細い指が、ナナルを指さした。


「わ、私? 冗談言わないで」


「冗談じゃないよお。私を倒せるとしたら、ナナルちゃん。もしくは……」


 ムウ。


「ナナルちゃんはまだまだ弱っちいけど、期待してるんだ☆」


 やはり、姉の考えていることはわからない。

 限界とはなんだ。

 わからない。なにも。


 もしかしたらこの戦いで、見えてくるかもしれない。

 姉の、心の内が。


「あれ〜? 誰か来たねえ」


 サマチアのギルドメンバーたちだった。

 キューネがナナルに告げる。


「ムウ、まだ家にも帰ってないの」


「はあ?」


「ゴクール山でオーガを倒しに行ったらしくて」


「向こうから誘ってきたのに!?」


 マーレが補足する。


「オーガを倒して、その足でここに来る予定なんです」


「バカにしているの!? オーガは弱い個体でも討伐ランクはAAA。それを倒して、休まずお姉ちゃんと戦う? ふざけないで!!」


 激昂するナナルとは反対に、ママルは腹の底から爆笑していた。


「あははは!! さすがムウちゃん。おもしろ〜い!!」


「お姉ちゃん!! 帰ろう、あいつお姉ちゃんを舐めてる」


「いいじゃない。待ってみよう」


「だけど……」


「うーん、じゃあ、お日様が沈むまで」


 誰も、なにも喋らず、時間だけが過ぎていく。

 ナナルの脳内に、イライラが募っていく。

 そもそも、あいつはオーガに勝てるのか。


 オーガは強い。頑丈すぎる体、驚異的なスピードに圧倒的なパワー。

 状態異常にも耐性があるし、咆哮だけで山も削ってしまう。


 力の勝負ならまず勝てない。

 スキルによる搦め手を用いても、力でねじ伏せられる。


 チギトだって、戦う時はメンバー全員で挑む。


 仮に単独で倒せるとしたら……それこそマスターギルドの上位3人クラスだ。


「ね、ねえナナル」


 キューネがナナルに話しかける。


「なに」


「もし、もしだよ、もしムウが勝ったりしたら……」


 その問いに、ママルが答えた。


「ムウちゃん次第かなあ」


「……」


「マスターギルドに入るかどうか」


「……そうですか」


 そんなこと、許されない。

 ぐっと、ナナルが歯を食いしばる。

 姉を倒せば、ムウはいきなりマスターギルドの2位。


 補充要員で6位として入団する自分とは、決定的に立場が違う。


 これ以上、ムウとの差を広げられてたまるか。


 太陽を見やる。

 かなり地平線の下へ沈んでいる。

 もう、4分の1も残っていない。


 バカめ、不戦勝でお前の負けだ!!


「お姉ちゃん、帰ろう」


「だ〜め」


「待ってても無駄だよ」


 瞬間、


「無駄じゃないよ、ほら」


 ママルが遠くを指さした。

 そこにはーー。


「ムウ!?」


 ボロボロの衣服を纏った、ムウがいた。

 ゆっくりと、こちらに向かって歩いてくる。


「ごめん、ママルさん。おまたせしちゃって」


「いいよ〜。うーん、でもでも〜、デートにしてはオシャレじゃないなあ」


「い、一旦帰ります」


「あはは。気にしなくていいよ。さ、やろう」


 ムウが、笑った。


「……そうですね」

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